【風が還る場所】
第二章 紅蓮の巫女
「……ん…」






(いけね…うたた寝しちまったな…)






辺りは闇と静寂に包まれていた。
すでに、夜の帳は落ちている。






今宵は、この静寂に包まれた森にて一晩を過ごさなければならない。
それ故に木に身を預けながら火の番をしていたのだが、気づかぬ内に浅い眠りについていたようだ。






パチパチ…






幸い、火は燻ることなく少々辺りを照らす程度に燃え上がっていた。






(もう少し、薪をくべた方が良さそうだな…)






犬夜叉は、手元に用意してあった薪を手ごろに折り、炎の中に放り込んだ。
火の勢いを確認しながら、再び木を背にした。






そして、視線をすぐ傍でシュラフに包まって眠るかごめに向けた。
わずかに上下する様子は、彼女の安眠を示していた。






(“風”か…)






先刻、彼女に示された自分への形容詞を心で反芻してみる。






――――パチンッ―






くべた薪の小さな悲鳴に、己の視線は自然と火へと移った。
先ほどよりも、紅く高く燃え上がる炎…






燦燦と燃え上がる炎――――。
渇いた音、伝わる熱さと瞳に焼きつくような真紅。
その様はまるで―――…。






甦るは、遠い昔の様なそれでいてついこの間の様な50年前の悲劇―――――。






彼の巫女の姿…。
纏っていた袴は、まるでこの炎のような深い真紅…
そして、巫女は四魂の玉と共にこの紅蓮の炎を纏って逝った。






その様を自分は直接見たわけではない。
自分が見たのは、右肩を真紅に染め上げ、自分を鋭く睨み矢を放つその姿が最期だった。
いつも憂いたその悲しげな瞳は、紅蓮に染まった炎を宿していた。






(桔梗…お前はまるで炎のようだ…)






その炎は、今もあの身に…あの瞳に宿っている。
墓土と骨と…かごめより出でたわずかな魂で成り立っている身体に…。






あの瞳にいつ炎が宿った…?






清らかで儚い巫女はいつ紅蓮に染まった?






50年前のあの悲劇からか?






お互いを信じずに憎んだその刹那からか…?






紛い物とはいえ自由を手に復活を遂げた時か?












―――――それとも、初めから備えていたのか?












そうかも知れない…。
それが彼女の本質だったのかもしれない。






確かに清い巫女だった。
誰よりも巫女としての気高さを纏っていた。
だが、彼女はその宿命を受け入れていても苦しんでいた。











自分は人間ではない…と。
弱さや迷いを持ってはならないと…。






誰よりも強い霊力を持ちながら、内は誰よりも弱かったのかもしれない。
そして、戒めながらも人としての…ひとりの女としての生き方を望んでいた。
決して、誰にも見せなかった希望はまだまだ小さな火だったのだろう。
そしてその火は、炎になる筈はなかった。
彼女自身も気づかない心の奥深くへと秘めておく筈だった。












だが、そこに現れたのは自分―――――






彼女の境遇に良く似た半妖の自分






風を纏った自分






当然の様に惹かれあった自分達…






その様は、例えるならば炎






加速的に燃え上がっていった想い






彼女は”火”――――






自分は“風”――――






だが、自分の“風”はその時はまだ吹き付けるだけの“風”だった。
ただ吹きすさぶだけの風は容赦なく火を猛らせる。






彼女の火を猛らせたは、己の風。
やがて炎と化し、そして、また加速的に終わりを迎えた。
刹那に燃え、刹那に消え。












それが、火と風の宿命だった――――――――












そう、それで終わりの筈だった。
彼の巫女は紅蓮の炎に消え…自分は永遠に目覚めぬ封印に眠る筈だった。






しかし、自分は目覚めた。
傍らに眠る巫女と良く似た面差しを持つ少女の手によって。
少女との出逢いは、“風”の自分を変えた。






だが、次に少女の魂によって目覚めた巫女は、その最期に纏った紅蓮の炎と共に甦った。
消えたと思っていた炎は未だ巫女の置く深くに燻り残っていたのだ。
そして今もなお燃え続けている。






自分は今、その荒ぶり彷徨う魂を救いたい。






だが、






自分にその炎を癒せるのか?






救えるのか?












少女が…












かごめが自分を救って癒してくれたように…












自分は“風”―――――












その自分が本当に救えるのか正直わからない












居場所を見つけた自分…






もう独りではない自分…






少女に想いを寄せている自分…












その”自分”が、50年前とは変わってしまった”自分”が、






巫女が共に生きたいと望んだ”自分”とは違う”自分”が孤独の巫女を救えるのだろうか…






そして浮かぶは、優しい匂いを纏う少女の笑顔――――――。






(お前なら、おれなんかより…お前の方が桔梗の魂を救ってやれるのかもしれねえ…)






自分と桔梗がよく似た境遇だからこそ思った。






いつか、あの滝壷でお前は桔梗を救った。






その後に会った桔梗は、わずかに気配が変わっていた。






お前を殺そうとしていた桔梗が、お前の身を案じた。






あの矢は、






あの時おれに託した矢は、きっとお前の為を思った矢だったと思う。






僅かに変わった桔梗…。






そうさせたのはかごめ…。






桔梗の火は未だに消えない。
本当に救えるのは自分じゃないかもしれない。
それでも、自分に知らぬ振りなど出来ない。
まさか、かごめに全てを託すなんて出来やしない。






自分は逃げてはいけない。






今、おれが桔梗に出来ることは奈落から守ること。
桔梗の望む通りにすること…
あの時の誓いを無下にするわけにはいかない。






おれに出来るのはそれだけ…






たったそれだけ…






本当は救ってやりたい。






おれがかごめに救われたように…
おれがかごめという居場所を見つけた様に
桔梗にも居場所を見つけて欲しい…
本当の意味での安らぎを得て欲しい…












――――“風”は“火”に安息を望む――――












彼の巫女は“火”






誇り高く気高い巫女――――






清らかで美しい巫女――――






内に熱さを秘めた巫女――――






誰よりも強い儚い巫女――――






だけれども






心は誰よりも弱くて寂しかった…












彼の巫女の安息を切に望むは、“風”とその仲間達…






そして彼女自身…












いつか必ず”火”の安息を――――――…











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