束ねた長い黒髪―――――








自信に満ちた口元―――――








射抜くような眼差し―――――








引き込まれるような深い藍色の瞳―――――











身の丈程もある大鉾を担ぐその様は……











―――――どこまでも力強くて








―――――どこまでも前を向いていて










…―――――だけど
















―――――何処か…寂しげ…だった―――――
【Capricious promise   ―前編― Caprice】
突き抜けるような蒼い空の下、


崩れ去った“白霊山”の麓に花を手向ける少女がいた。


猫又妖怪の雲母を傍らに、静かに腰を落とし…手を合わせて……


何かを一心に想う横顔は、とても儚げで…


心配した雲母が、彼女…珊瑚に擦り寄った。


雲母に気づき、その綺麗な毛並みを撫で上げながら静かに立ち上がった。







「そろそろ行こうか。雲母!」



先程までの物憂げな表情は一変して、珊瑚は晴れ晴れとした笑顔で空を見上げた。



「帰ろう。…皆が待ってる。」



その言葉に呼応するように、雲母は炎を纏い変化した。

変化した大きな背中に跨ると、地を一度大きく蹴り上げた。



「今度は皆で来るよ…。」



小さくなっていく崩れた白霊山を見届けながら、珊瑚は呟いた。

そして、ゆっくりその美しい瞳を閉じた。




























“威風堂々”







それが第一印象だった。




















「お前、確か…犬夜叉の野郎の仲間だったな?」



低く深みのある声で投げかけられた第一声だった。



「あんたは…七人隊の…蛮骨…」

「へぇ〜、おれの名前覚えてたんだなぁ。」



酒瓶を片手に、少し顔を紅潮させながら流し目であたしを見据えた。








夜も更けた森の奥…。

特に何の装備もないあたしは、突然の事に戸惑いを隠せなかった。

ふらっと入った森で、あの七人隊の首領・蛮骨と遭遇してしまったのだから。



「あんた…こんなところで独りで何してんだい?」

「何って…、ンなの見りゃ分かるだろうが?」



うっすらと妖しげな笑みを浮かべながら、酒瓶を持った左手をひらひらと振る。



「お前こそ何してんだ?こんな刻限に独りでよ?」

「……」

「言いたくないってか?まあ、いいけどよ…
 それよりお前、ちっとおれに付き合えよ?酌する女が欲しいと思ってたんだ。」

「は?」

「いいから来いって!」



腕を半ば強引に掴み、無理矢理、先程まで腰かけていた岩場の隣に座らせた。



「ほら!」

「う、うん。」



酒瓶を手渡され、催促するようにひびの入った盃を傾けた。

蛮骨のあまりに強引な態度に、流石にあっけに取られたが、そろそろと酒を注いだ。

注がれた酒をいとも簡単に飲干すので、あたしは差し出されるがまま酌し続けていた。

何杯目かを飲干したその時だった。

ふと蛮骨は、あたしの顔を覗きこんだ。




(え…?)




先程とは、うって変わった威圧のある瞳が自分を拘束するのが感じられた。

深い…深い藍色の瞳に吸い込まれそうになる自分を取り戻したのは、他の何でもない蛮骨の言葉だった。



「やっぱ、女に注いでもらった酒は味が違うぜ。」

「は?」

「いやぁ、よー。いっつも酒付き合うのは蛇骨だしよ〜。あいつ女嫌いだから絶対に女は寄せ付けねえし…」





再び、酌を催促するように盃を差し出した。

それから、蛮骨は七人隊の仲間達の話を始めた。

酔っている為か、ところどころ脈絡がないように思ったが、仲間のコトを話す蛮骨は死人であるにも関わらず、生き生きと見えた。





「お前、そういえば名前なんていうんだ?」

「……」



突然、再び深い藍色があたしの瞳を拘束した。



「言いたくねえんなら、別にそれでもいいけどよ。」



あたしの沈黙を“否”と取ったのか、彼はそれ以上の何も言わず、そのまま手の内の酒を飲干した。

別に名を教えることに抵抗を感じたワケではない。











ただ、あの瞳は――――――








何も考えられなくなるんだ…。










「飲みな。」



俯いたままのあたしに、蛮骨は己のお猪口に酒を注ぎ、そのままあたしに差し出した。

彼の瞳に少なからず動揺していたあたしは思わず受け取ったものの、相手はあの七人隊…。

のん気に酒を飲み交わすなど考えられない。




…いや、そうでなくとも…今はとてもそんなのん気な気分にはなれない…




「あたしは、別にいらな…」

「そう顔には書いてないぜ?」

「何言って…」

「今にも泣きそうなツラして、よく言うぜ…」






顔に出ていたのだろうか?




そんなはずはない。




誰も気づくワケなどないのだから。




あたしがこうして“独り”でいることさえ…





…誰も気づいてはいない





だってこれは、あたしの問題なのだから…







「ほら、飲めよ!」

「……」



彼に催促されて、戸惑いを拭いきれなかったが一気に飲干した。


「イケるクチじゃねーか。気に入ったぜ、お前。」



挑戦的な口を利きながらも、その表情はとても楽しそうに、あたしの盃に酒を注いでいった。

促されるままに酒を飲んでいると、やがて酔いが回り始めたのだろうか…不安が頭を駆け巡り始めた。












『琥珀…』






弟…“琥珀”のことだ。






奈落に操られての所業とはいえ、父や退治屋の仲間達を殺めてしまった弟…






そのおぞましい記憶で“本当の記憶”を失くしてしまった弟…






今も“奈落”に付き従っている弟…






“四魂のかけら”で命を長らえてる弟…











琥珀は、一度は死んだ。






“四魂のかけら”で命を繋いでいる。







…そう、“七人隊”のように…










七人隊との戦いが始まった頃から、何とも言えない不安が襲い始めたのだった。




四魂のかけらで復活した七人隊。




四魂のかけらで命を繋いでいる琥珀。




僅かに重なって見ている自分がいた。










『琥珀…お前も、かけらが失くなったら消えてしまうのか…?』










私は何時…お前を助けてあげられる?




何時…お前は帰ってきてくれるんだ?












「“琥珀”…か…」

「!?」

「お前か。琥珀の“姉貴”ってのは?」

「あんた…何で、それを?」



聞かなくても分かることだった。


七人隊の蛮骨…


あの奈落と手を組んでいるのだから…。




「似てない姉弟だな。」

「……」

「弟の方は、覇気はねえし。腕はそこそこだが、まるで戦いに向いてねえ。」

「心優しい子なんだ…」

「…元気…と言えるかは分からねーが、まあ、そこそこにやってるみたいだぜ?」

「え?」




まさか敵である蛮骨の口から、琥珀の現状を聞かされるとは思わなかったので上擦った声を挙げてしまった。



「何だよ?その反応は。せっかく、人が親切って奴をしてやったのによ〜。知りたかったんじゃねーのか?」

「そりゃ、大事な…弟…なんだから。」



視線をわずかにズラして、蛮骨の瞳を再度見ようとした。

だが、彼の瞳を見る事は叶わなかった。









―――――彼が、どこか遠くを見ていたから…




「な…何で、教えてくれたんだ?あたしは…敵だろ?」



あたしは、なぜか必死に彼の視線を戻そうとしていた。

なぜ、そんな事をしようとしたのかは自分でも全く分からない。

ただ、そんな哀しい…遠い瞳を放っておけなかった。







―――――彼は…“敵”なのに…







だが、次に放った彼の言葉はこうだった。








「…気まぐれだ。」







どこか悪戯っぽい表情を残しながら零す台詞は、あまりにも滑稽で、あたしは一瞬思考が止まった。




(“気まぐれ”…?)





“敵”に遭遇しながら、その“敵”に情報を与えたりなどすることが“気まぐれ”

恐怖の殺戮集団と言われた“七人隊”の首領がこのような台詞を吐くと誰が思ったのだろう?



…いや、逆なのかもしれない。



このような状況で、こうあっさり言ってしまえる器だからこそ、彼は“首領”なのだろう。




「今度はおれの番だぜ?
 …お前こそ、何でこんなところで“敵”の酒の相手なんてしてる?
 いや、おれがさせたんだったな…」




「…気まぐれさ。」






キョトンとした表情を見せる蛮骨。






…ただ、彼の言葉を反芻しただけ。






…そんな気分だったから。





あたしは何故か可笑しくなって、わざと自嘲的な笑みを送った。

すると彼は、ふと一瞬口元を緩ませた。








「“気まぐれ”…か。」



「そう、“気まぐれ”さ。」










その後は、お互い何も口にする事はなかった。

静かな時間がゆっくり過ぎていくだけ…。


















――――― それが、あたしと蛮骨の“気まぐれ”のはじまり…


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