【Sense of security】
「あ"っ―――――――っっ!!ちくしょうっっ!!!」





どんよりとした曇り空の下、少年の叫び声が木霊した。


「もう、犬夜叉ったら!」

苛立ちを辺り構わず振りまく少年に溜息を吐きながらも、その原因を重々承知しているので、
それ以上何かを言うには気が引けた。

「ったく!なんでおめぇは、そんな落ち着いていられんだよっ!!」

「別に落ち着いているわけじゃ・・・。」

自分とは、全く正反対に落ち着きを払ってるかごめに当たってみるものの、
彼女には何の罪も無い為、犬夜叉は顔を背け苛つきの原因を脳裏に浮かべた。

「ちくしょうっ!あのバカ法師め!!絶っっ対許さねえっ!!」














さてさて、何故に彼…犬夜叉が苛ついているかというと、それは数時間前に遡る。




奈落を追う一行は、久しぶりに楓の村に戻ってきていた。
それというのも、かごめの例の『てすとー』の為であった。
当然、犬夜叉はそれに猛反対したのだが、弥勒や珊瑚の助けもあって何とか帰ってこられた。




帰ってこれた…までは良かった。

問題はそれからだった。




楓の村に着いて直ぐの事である。
村を一歩踏み入れたと同時に、数人の村人が悲鳴を上げて駆けてきた。

尋常ではないその雰囲気に一行は素早く身構えた。

「妖怪の匂いがする!」

そう言っていち早く駆け出していったのは、もちろん犬夜叉。
後に弥勒、雲母に乗った珊瑚、自転車に乗ったかごめと七宝が続いた。

村人の悲鳴の中心に駆けつけた犬夜叉は、弓矢を構えた楓の姿を見止めた。

「ばばあっ!!」

「おぉ、犬夜叉。帰ったか。」

犬夜叉の姿を確認するも、決して油断は見せない。
姉巫女には霊力の上では劣っているとはいえ、威風堂々とした風体は、
流石は長年この村を護り続ける巫女をしているだけはある。

楓の目前には、かなり大きな妖怪の姿。
大きな羽と幾つもの触手を持った蝶の姿に近い妖怪だった。
だが巨大な風体な割に、感じられる妖気は大したものではなかった。

「けっ!雑魚妖怪が!おれ様に会っちまったことをあの世で後悔しなっ!!」

犬夜叉はそう吐き捨て、伸びてくる触手をものともせずに、正面から突っ込んでいった。

「てめえみたいな雑魚にゃ、鉄砕牙を使うまでもねぇ!!」

爪を立て、バキッとひと鳴らしをしそのまま振りおろす。

「散魂鉄爪っっ!!」




ザシュッッ―――――――!!!




鋭く爪が決まり、妖怪はそのまま地に沈んだ。
引き裂いた妖怪の身体から、大量の体液と血液が噴出し、犬夜叉も少なからずそれを浴びてしまった。

「おおっ!」

楓が感嘆の声をあげ、傍にいた村の男達も、その圧倒的な力に呆気を取られていた。





「おや、もう終わってしまいましたか。ちと遅かったですな・・・」

後方からシャンという錫杖の音と共に弥勒が現れた。続いてかごめと珊瑚、七宝、雲母が漸く辿り着いた。

「遅せーぞ!おめえら!」

「お前の速さに追いつけるワケはないでしょう。
まあ、そのおかげで余計な体力を使わずに済みましたが…」

「けっ!」


「犬夜叉!大丈夫?」

そう言って駆け寄ったのはかごめだった。
犬夜叉の衣や身体についた妖怪の血液のせいで、
彼が何処かしらに怪我を負ってしまったのではないかと思ったようだ。

「余計な心配すんな。何ともなってねーよ。」

相変わらず、ぶっきらぼうに答えるもかごめが心配してくれたのが嬉しかったのか、
言葉とは裏腹に犬夜叉の顔はどこか優しかった。

「よかった…。」

かごめは安心したかのように、犬夜叉に微笑みを返した。
スカートのポケットを探り、ハンカチを取り出すと、彼に付着した体液や血液を拭い始めた。
彼女の何気ない気遣いに顔を綻ばせつつ、その行為を受けていた。




(完全に我々の存在を忘れているな…)



心中ゴチたのは弥勒だった。
周りには幾人もいるというのに、いつの間にか完全に2人の世界に入ってる。



(まあ、いつもの事ですが…)




コホンッ―――――――。


弥勒としては、このまま見守っていても良かったのだが(※楽しいから)
人目もあるので流石にどうかと思い、遮るような咳払いを払った。



「「あ・・・。」」


弥勒の咳払いによって、漸く2人は状況を理解したらしく、同時にパッと身を離すと俯いて顔を赤らめた。

「取り敢えず、妖怪の骸をこのままにしておくワケにもいきませんから、一応お払いをしましょう。」

「そ、そうね!」
「そ、そうだなっ!」

明らかに動揺した物言いだったのだが、やらなければならないこともあるだけに、
弥勒はサクサクと妖怪の残骸に歩み寄った。
数珠を片手に、懐からは何やら札を取り出した。
取り出した札に念を込めつつ、何事かを唱えるとそれを妖怪の額に貼り付けた。

「あとは、土にでも埋めて…」

と言いながら不意に視線を落とすと、犬夜叉の爪に引き裂かれた羽付近に金色の粉末が山となっていた。


(はて?これは一体…)


不審に思い、足元の粉末を見やった。

「鱗粉…ですかな…。」

それは、黄金色の細かい粒子であった。
見る角度によって輝きが変わる、目を奪われる美しさだった。

「おい、弥勒!どうした?」

何かを食い入るように見つめる弥勒を不思議に思って犬夜叉は声をかける。

「弥勒さま?」

かごめもまた、何の反応もしない弥勒に声をかけつつ歩み寄った。



「こりゃ、一体何なんでえ?」

「この妖怪の鱗粉でしょうな…妖気も感じますし。」

「でも、綺麗…。」

かごめもしゃがみ込みながら、その黄金色の粒子に魅入っていた。

「はあ〜。ったく、これだから女ってのは。こんなたかだか蛾妖怪の鱗粉如きでよ〜。」

しゃがんでいるかごめの背後に立ちつつ、筒袖に腕を入れながら悪態をついた。

しかし、かごめとてそれを黙って聞くような性ではない。
大抵の事ならば、彼の性を知り尽くしている彼女は軽く流すこともできるが、
デリカシーのない言葉は聞き捨てならなかった。

「ちょっと、その言い方はないんじゃない!綺麗なものを綺麗って言って何が悪いのよ!?」

「なんでいきなり怒ってんだよ!」

まあ、彼としては乙女心が単純に分からない…ということも確かにあるが、
先程まで何となくいい雰囲気であったのに、数分もたたないうちに
彼女が他のモノに心を奪われたのが気に食わないという細やか(?)な嫉妬心があった。

しかし、どうやらあまりに不器用すぎる表現は彼女には伝わらなかったようだ。


(あんなに良い雰囲気であったというのに…この2人ときたら…まあ、これもいつもの事ですが…)

やれやれと思いながらいつもの如く、犬も喰わない喧嘩を見守ろうとした刹那だった。





ザザッ――――――――





弥勒の後方より突風が吹きつけた。

突風は足元の黄金色の粒子を巻き上げる。
一瞬にして巻き上がった粒子はキラキラ輝きながら、
強風に乗って前方にて喧嘩を繰り広げていた犬夜叉とかごめに向かう。

「なっ!かごめっ!」

振り返った時にはすでに黄金色の風が眼前まで迫っていた。
咄嗟にかごめを庇う様にその緋衣を翻す。

しかし、僅かに早く黄金色の風塊が2人に襲い掛かかった。



辺り一帯が輝く粒子に包まれ、視界を遮る。
風によって舞い上がった粒子は中々晴れずに立ち込めた。


「くそっ。かごめ、大丈夫か!?」

「うん。大…丈夫なんだけど…目、開けられない…」

胸にかばっているかごめに声を掛けるものの、その姿を見止める事は敵わなかった。
大量の妖気を含んだ粒子のせいで中々に瞳を開けられない。

粒子を払うように、かごめを庇っている腕とは反対の腕を振り回す。

「犬夜叉!かごめ様!」
「かごめちゃん!」
「犬夜叉ぁ!」




一瞬の出来事に珍しく呆然とした弥勒達も2人に駆け寄った。




漸く辺りの視界が開け、段々と2人の姿が見えてきた。






見えてきたのだが―――――――…。






「「「え゛っ!!?」」」







駆け寄った四人は同時に石化した。



言葉を失った者
ただ呆然とする者。
開いた口が塞がらない者。
瞳を強く擦る者。



辺りは何とも言えない微妙な静寂に包まれた――――――。










「ったく、何なんだよ!今のはよ!」

「はぁ〜、苦しかった…」

2人はやっと、まともに声を出せるようになったことにホッとしつつ、
お互いの様子を確かめようと瞳を凝らした。








「「………。」」








2人は同時に自分の目を擦ってみる。

そして、その姿を確かめる。








「でえええぇぇぇぇぇっっ――――――!!!!!???」

「きゃああぁぁぁぁぁっっ――――――!!!!!???」







―――――――第一声だった。






「なっななな…かごっ、おっ、おめえ!!!???」

ほとんど言葉になっていない声を発する犬夜叉。

「いっっ、犬夜叉ぁ!!!??」

かごめも劣らず言葉にならない声を上げる。






犬夜叉が見たもの―――――。


それは、少し細めだった顔は随分ふっくらとしていて、何時もよりもピンクに染まっている頬。
細くて長かった腕や足も随分短くなって、手も随分小さくなっていた。
元々大きくはあったが、更に広く大きくなって幼げな印象を受ける瞳。





そして、かごめが見たもの―――――。


頭の上の獣耳、繊維のような長い銀髪、黄金色の瞳はまさしく彼のものなのだが、
とにかく頭一つ分高かった背は自分とさほど変わらない。
また、手足も短く、顔もふっくらして幼い。
声のトーンもあがっていた。
何より、彼の腰の鉄砕牙がやけに大きく長くなっていた。











――――――すでにお分かりかと思うが、


つまるところ2人は仲良く“幼児化”してしまったのだった――――――。











「なんなんでぃっっ!!!こりゃあよっ!!!」

「なんで、縮んでるの!?あたし達っ!!???」



突然の幼児化――――――。

慌てないほうがおかしい。



「これは…また。」

顎を摩りながら、2人を見やるのはもちろん弥勒。
その表情は非常に落ち着きを払っていた。

「てめぇ!ジロジロ見てねえでとっとと戻せっ!!!」

飄々とした弥勒の態度が気に入らなかったのだろうか、犬夜叉は声を荒げた。

「状況から察するに、どうやらさっきの鱗粉のせいでしょうな。」

犬夜叉の幼い八つ当たりになど目もくれないで、淡々と思考を巡らせているようだ。

「それは、有りえるね。妖怪の鱗粉には幻術効果があったりするし…。」

犬夜叉とかごめの低くなった目線に合わせる様に座り込んでいた珊瑚が頷く。

「でも、どうすれば元に戻るんじゃ?」

七宝も自分と近くなった2人の目線を不思議そうに見ながら呟いた。

「どう…と言われましてもねぇ。
 珊瑚。お前は何か知りませんか?」

「うーん。ちょっと心当たりないなぁ。
 大抵、鱗粉なんてものはそれほど妖力もないものだから、幻術にしたってすぐに解けるものだったし…。
 こんなのあたしも初めてだよ。」

「楓さまは何か…?」

「いや、わしも心当たりは…。」

「んじゃ何でぃっ!!方法はねーってのかっ!!!」

突然幼くなってしまった混乱から只でさえ低い沸点が更に低くなっているようだ。
今にも弥勒に喰ってかかりそうな勢いを察してかごめが飛びついた。

「やめなさいよ、犬夜叉!皆が悪いわけじゃないでしょ?」

犬夜叉の胸あたりの緋衣を押しやりながら止めに入った。
彼女の幼くなった瞳が微かに揺れ、その上、普段よりずっと近くなった顔に驚いてパッと顔を背けた。

「わ、わかったからっ」


(やべえっ//////)


あまりの接近に先程までの怒りは何処へやら…。
彼も中々ゲンキンな男であった。


「とにかく、2人とも身体が縮んだ他には変になった所はないよね?」

腰をあげながら飛来骨を手に取った珊瑚。

「ああ。」

「ん?うん…。」

自分達の身体を見ながら答える2人を見止めると珊瑚は弥勒の肩を叩いた。

「取り敢えず、鱗粉による幻術を解くことができる薬の作り方は知ってるから、
 あたしと楓さまと法師さまとで材料を探してくるよ。
 もう、ここには妖怪は現れるとは思えないけど、一応、2人は楓さまの小屋に行って待ってて!」

「そうだな。珊瑚の言うとおりお前達はわしの小屋へ戻っておれ。」

「おいっ!それじゃ、まるで逃げてるみてえじゃねえか!」

冗談じゃねえ、おれも行…と言いかけたその時―――――。





――――――ガシャンッ!!





錫杖の音が空高く響き渡った。

「さて、五月蝿い馬鹿が目を覚まさないうちに参りましょう。」

犬夜叉の後頭部に痛烈な一発を入れた弥勒は、気絶した犬夜叉を尻目にズンズンと先に進んでいった。

「ちょ…ちょっと、法師さま!」

慌てて追いかける珊瑚。

「では、行ってくるかの。かごめ、留守を頼むぞ。」

気絶した犬夜叉に寄り添うかごめに声をかけ、楓は引いてきた馬に跨った。

「おばば。わしも行くぞ!」

「七宝ちゃん?」

自分も行くという七宝に思わず声をかけると楓の馬の後を追いながら叫んだ。

「かごめ!安心せい!おらが絶対に元に戻してみせるからな!」

こういう時こそ、おらがしっかりせねば…という背中だった。

(七宝ちゃんたら…)

幼い七宝の精一杯の男気を微笑ましく思いながら、未だ意識の戻らない犬夜叉の銀の波を撫でたのだった。




















――――――と、まあ…以上が数時間前の話だった。




犬夜叉の怒りの原因は突然の幼児化(…もあるのだが)
今は、出かけ際の痛烈な錫杖の一発を加えた弥勒に(いつの間にか)すり変わっていた。


彼の単純且つ明確な性格上、それもまた致し方ないと言えなくもない。



しかし、目を覚ました早々、彼のイライラは針の先程も納まらない。
かごめも始めのうちは“仕方ない”と諦めていたのだが、
ここまでくると流石に如何ともし難くなってきた。

「犬夜叉。きっと皆が何とかしてくれるから…ね?」

あえて“弥勒”という言葉は使わないで諌め様とするのは、かごめなりの彼の自尊心への気遣いだった。
…とはいえ、真心を察する能力が些か足りない彼は、ぶっきらぼうな声を発した。

「だからって、待ってるだけなんてよ…」

犬夜叉は、今の自分の手にも身体にも余る護り刀を鞘ごと腰から引き抜いた。
黒塗りの鞘をじっと見つめる。

そこには、幼くなった自分の姿が映った。



(こんなんじゃ…何かあった時どうもできねえ。)
















―――――――ふと、昔の自分を思い出した。









幼かった頃―――――。





独りだった自分は“半妖”の姿でも弱かった。

毎日…毎日、妖怪に追われ

ただひたすら逃げ回っていた。





―――――戦う術を…まだ…知らなかったから。






いつだったか、自分の爪が武器で有る事を知った。

あれは、妖怪共に追いつめられた時だった。






――――――もう、後がなかった…






ただ、夢中で手を振りかざして…

恐怖を抱えながらも…

本能のみで…





“戦った”





気がついた時には自分の鋭い爪には、妖怪の血が染み込んでいて…

沢山いた妖怪も…

もう動いていなかった―――――。







“戦い”を知った頃の自分…

今と比べれば、まだまだ“弱い”






そんな“自分”の姿が…今、ここにあるんだ…














「…しゃ!」






「犬夜叉っ!」




「へ…?」


ハッとして顔を上げるとかごめが心配そうな顔をして自分の顔を覗きこんでいた。

「ちょっと、どうしたの?急にぼーっとしちゃって?」

「いや…」

まるで白昼夢のように思い出した、昔の自分…。






幼くて…弱かった頃…






「ねえ、どこか身体おかしいの?」

そっけない声だった為だろうか…かごめの顔は見る見る悲しそうな苦しそうな表情に変わっていった。

「そんなんじゃねえよ。心配すんな。」

「そう…?」

自分のその言葉を聞いて、少し安心したのか、かごめは僅かに笑顔を浮かべた。






(ほんとに…お前は…)





幼い姿で不安なのは、かごめとて一緒の筈…

それなのに彼女は泣き言ひとつ言わない。

それどころか、おれの心配をしてきやがる…






(強い…な…)






かごめは強い。


どんなことがあってもへこたれねえ。


弱音もめったなことじゃ吐かない。






いつも一生懸命だから。


誰よりも優しいから…


誰よりも“心”が強いから…









自分の今の姿―――――。








ただ、“力”がないのが怖いんじゃねえ…







かごめを“護れない”かもしれない…







それが、どうしようもねえ程“恐い”んだ…。














(犬夜叉…どうしたんだろ…?)


隣を座る犬夜叉の様子がおかしい。

さっきまで、弥勒さまのことで騒いでいたのに…


(身体はどうもしてないって言ってたけど…やっぱり不安なのかな…?)




手元の薬草の束を抱えながら、犬夜叉の表情を伺った。




一度、楓ばあちゃんの小屋へ荷物を置いてきた際に、私は薬草を切らしてしまった事を思い出した。

この犬夜叉の森へと薬草を取りに行こうとする私に、犬夜叉は付いてきてくれた。




私が薬草を摘んでいる間、犬夜叉はずっとこの調子なのだ。

小さくなってしまった拳を握ったり、その身体に見合わなくなった鉄砕牙を眺めたりしていた。





―――――不安…だよね、やっぱり…





今の彼の表情は、まるで“朔の日”のようだ。







―――――ヒトになってしまうその日




―――――彼にとって不安だらけの一夜




―――――“妖力”がなくなってしまうその一夜






まるで…その朔の日の彼の表情なのだ。









でも、心なしかその朔の夜よりも翳りが伺える。


それは、幼くなってしまった顔つきがそう見せるのか…。


それとも、彼が今考えていることが…そうさせるのか…。







犬夜叉が今、何を考えているのか…私には分からない。





分かるのは、不安があるのだということ…。


何か…辛いことを思っている時の表情だということ…。
















空はいつの間にか厚い雲に覆われていた。


陽は、いつの間にかその姿を消してしまっていた。



(ん…?)


犬夜叉はふいに空を見上げた。

何かを感じ取ったかのような表情を浮かべ、勢いよく立ち上がった。

「かごめ!」

「へ?」

突然、大きな声で呼ばれ振り返った。

「行くぞ!」

いつの間にか、手を掴まれ強く引かれた。
その拍子に、摘んでいた薬草を思わず手放してしまった。
しかし、犬夜叉は構わず強く引っ張った。

「ちょ…ちょっとっ、犬夜叉っ!?」

何が何だか分からない…といったかごめを余所に犬夜叉は、その小さな手を握ったまま走り出した。

かごめが転ばないように、気をつけながら…それでも早足で森を駆け抜けた。






「はぁ、はぁっ…っ…」

やっと立ち止まったそこは、犬夜叉が封印されていた“御神木”だった。




―――――犬夜叉とかごめが出会った場所だ…




息を切らせるかごめの手を引いて、御神木にもたれるように腰をかけさせた。

「降ってきやがった…」

「え?」

空を見上げていた犬夜叉の視線を追うようにかごめも視線を上げた。







――――――ポツ…






雫がひとつ、空より舞い降りた――――…。








「雨…?」

「ああ…。」





ひとつ…またひとつと舞い落ちる雫は、やがてその数を増し、一帯に降り注ぎ始めた。


辺りは一気に雨の奏でる音と湿った空気に覆われた。





「よく気づいたね?」

「おれは鼻が利くんでぃ。」

「そうだったね。」






御神木の根元―――――

ふたり並んで腰をかける…







やがて強くなる雨―――――――

風を纏った雨は、この御神木でさえ凌げない程の勢いをつけていた。

冷たい雫が纏う着物に染み込み、露出している肌を打つ。

御神木によって遮られているのだが、その様はまるで柔らかなシャワーの様だった。







くしゅ――――――




「さみいのか?」

「大丈夫。」

大丈夫…とは言っているが、僅かに震える肩はそれを物語っていない。

犬夜叉は直ぐさま緋衣をバッと脱ぐと、かごめの頭からかけてやった。

「いいよ!大丈夫だから。」

「ばーか。いいから着てろ。ちっと湿ってるがねーより幾分マシだろ。」

不器用な言葉でも、それは犬夜叉の優しさ。

かごめは被せられた緋衣を嬉しそうに着込んだ。

その表情に犬夜叉も照れを隠せず、顔を赤らめてしまうのだった。






赤らんだ顔を見られるのが恥ずかしかったのだろうか…
犬夜叉は顔を背けるように隣を座るかごめに背を向けた。


「犬夜叉?」

「……」

「ちょっと聞いてる?」

背を向けたきり返事もしてくれない。
かごめも流石に不安になって、その横顔を伺おうと身体を捻るが、
犬夜叉はますます顔を背けるばかりだった。


(照れてるんだよね…?)


わずかに見えた頬はやっぱり紅に染まっていて、その事がかごめの心を擽った。

自然と顔がほころんでしまうのだった。






一方、犬夜叉の方もいっぱいいっぱいだった。


幼くとも変わらない彼女の笑顔――――――――。


どうしてもその笑顔を見ると顔が熱くなってしまう。


(落ち着け、落ち着けっ///)


必死に高鳴る胸を諌め様と肩で呼吸を整える。







フワっ――――――――





湿った空気が微かに動いた。

柔らかい匂いと温かい風が流れた。




背に感じるのは、温かな重さと確かなぬくもり―――――――




「え……?…」


犬夜叉は、突然感じた背の温もりに戸惑った。

そっと振り返ると、己の緋の衣を纏った自分より一回り小さい背があった。
流れるような漆黒の髪が頬を擽る。

彼の背中に全てを委ねる彼女。

そんな彼女の変わらない温もりが、彼の心を凪らせる。

先程までの焦りがまるで嘘のようだ。





(あったけぇ…)







纏う単に未だ雫は染み渡る…

冷たい筈の雫もなぜか温かく感じる自分がいる。








「雨…止まないね…」

「ああ…」

突然の声かけにも今は動じない。



それ程までに心は凪いでいた――――――。








今、変化した己達の姿に不安はない。



消えたわけじゃない…



それを上回る感情があるから―――――













―――――――“安心感”













それが2人を満たしていた。

























それからどの位が経っただろうか―――――――…



小さくなっていく雫の音に耳を傾けながら…気づいた時には…



いつの間にか眠っていた…



互いの背に全てを預けながら―――――…









空を覆っていた厚い雲の切れ目から光が差し込んできた。


やっと瞳を明けると頭上前には七色の帯――――――…


「虹…か…」

「綺麗だね…」

いつの間に目を覚ましたのだろう。

少しうっとりとした声を上げるかごめ。

「綺麗…だな…」

いつものような憎まれ口は出てこなかった。



2人は同時に、更に真上を見るように顔を上向ける。

コツン…と頭と頭がぶつかり合う。

流れる銀と漆黒が絡み合った――――――…








「犬夜叉、痛い…」

「わりぃ。」


そうは言っても、声は何処までも穏やかで―――――

そしてそっと振り返ってみる。




「「あ……。」」



声が重なった。


その瞬間、どちらからとも無く笑みが零れた。






「戻ったね。」


「知らねえ内にな。わけわかんねえ。」





そう…お互いの瞳に映るのは見慣れたいつもの姿。

一体、いつ戻ったのだろう?

不思議で仕方なかったけれど、心の何処かでこうなることを予想していた。






「いいじゃない?戻れたんだから…」

「そーだけどよ。何だったんだ?」

「何だったんだろう?」




一向に終わらない疑問を繰り返し、繰り返し紡ぐ。






それは、いつもの光景―――――。









そして再び、互いの背に身を任せた。

先程より大きな背中…

先程より少し遠くなった地面。









彼女は、その肩に頭を預けて―――――







彼は、そんな彼女を全て支えるように―――――








緩やかに流れる、穏やかな時間―――――…











“安心感”












それが支配する温かな時間―――――…






















――――――――願わくば、その“時”がいつまでも続くようにと。
















――――――――了



















雨宿り





















+++オマケ+++


「で、結局どうやって元に戻られたのですか?」

「知らねえー。おれが聞きてえくらいだ。」

「犬夜叉!衣、ありがとうね。随分濡れちゃったけど…」

「ほっときゃ渇く。気にすんな。」

犬夜叉の濡れた髪を手拭で丁寧拭く、かごめを見ながら弥勒は思った。


(原因は、十中八九“鱗粉”だろう…)

(そして、雨に打たれた)


「もしや、単純に雨に鱗粉が流された…」

「ん?弥勒、何か言ったか?」

「いえ、何でも…」


(まさかな……しかし…いや、でも……)


いつまでも、う〜んとうなっている弥勒であった。



「変な弥勒さま。」

「どーせ、またスケベなことでも考えてんだろ?」

戻った原因に全く無関心な2人であった。


+++おしまい+++


**********************************************************************

【ちび犬かご。御神木の下で背中合わせで雨宿り】



111ゲッターの苺みるくさん。

如何でしたでしょうか?

ご希望に添えたか不安です。

イラストは早く上げたのに、肝心のリク小説が遅れてしまって申し訳ありませんでした。



管理人自身、楽しいお題でした。

ほのぼのとした雰囲気を目指したのですがどうでしょう…。



犬君もかごちゃんも落ち着き過ぎかも?

そうでもないのかな?



Sense of securityとは、“安心感”です。



H16.11.25 Thu.17:15

**********************************************************************

戻る Galleryに戻る Homeに戻る
ページTOP