【月見夜】

「早く早くー。」



夜も更けた時分に明るい声が響き渡る。
暗い闇に覆われた森だというのに、異国の着物を纏った少女の足取りは軽い。
この闇さえ一瞬で払拭してしまうのではないかと思えるくらいといっても過言ではない。



「ばかっ!走んな!コケるぞっ!」



後ろを歩く少年の表情は、少女のそれとは正反対。
むすっとむくれ、眉間には細かい皺が刻まれている。
別段、怒っているわけではない。



言うならば、“常の表情”だ。
表情が険しいのも、言葉が乱暴なのも仕方がない。
彼の姿勢であり、心根に染み込んだ性分ゆえである。



平たく表すなら、
“心配しているだけ”



少々…いや、かなり理解し難いのだが、
これは少年なりの少女に対する思いやり。



「心配してくれてんの?ありがと!犬夜叉!」



犬夜叉と呼ばれた少年は、一気に頬を紅潮させると少女から視線を逸らして舌を打つ。



「そんなんじゃねー!お前がどんくせえから注意してやっただけだっ!」



「はいはーい。」



とんだ憎まれ口を叩かれたにも関わらず、少女の表情は明るい。
言葉そのままの意味は、彼の真意ではない。
それを少女は理解しているのだ。



「かごめ。」



「なに?」



地を一蹴りして、かごめの前に着地する。



「この先は足場が悪い。おぶされ。」



「うん!」



緋衣の広い背中を、かごめが乗りやすい高さまで下げる。
当たり前の所作に、犬夜叉の優しさが染み込んでいたのが分かるので、かごめは表情と言葉に笑みを浮かべた。



かごめが背中に乗ると、犬夜叉は勢いよく地を蹴った。
鬱蒼と茂っている木の上を辿って跳ねるように走り、更に森の奥へと進む。



「落ちんなよ!」



「大丈ー夫!ちゃんとしがみついてるから!」



みるみるうちに加速する緋の影が、闇色の空にくっきりと浮かぶ。
その様は、空を自由に飛ぶ渡り鳥のようでもあり、刹那に吹く風のようでもある。



かごめはしっかりと犬夜叉の緋衣を握り締め、振り落とされないようにしっかりとしがみついた。
自転車よりも、ともすれば自動車よりも早いかもしれない犬夜叉。
それでも、かごめは全く恐怖を感じない。



もちろん、それは“犬夜叉”だから怖くないのだ。
これが他の誰かの背中なら、例え遅くても怖いと思うだろう。
犬夜叉だから怖くない。怖くないどころか安堵感が生まれ、気持ちが安らぐ。



そんな感覚を不思議に思っているうちに、鬱蒼としていた森の出口が見えてきた。



「ほら、あそこだ。」



犬夜叉はくいっと顎を上げて、前方にそびえる大木を指した。



かごめの瞳に映ったのは、月明かりの下、ぼんやりと浮かんだ背の高い大木だった。
幹の太さは、かの御神木には及ばないが、高さはそれ以上あった。



「すっごいー!高ーい!」



幼い少女のようにはしゃいだ声をあげるかごめに犬夜叉はふっと笑みを零したが、薄暗さでその表情をかごめは見ることができなかった。



「あの木ならよく見えるだろうよ。」



「うん。犬夜叉!ありがとう!」



おぶさったままの状態で、更に犬夜叉に抱きつくかごめ。
背中から感じる温もりが気恥ずかしくて、犬夜叉は耳まで真っ赤に染めると、わたわたと暴れる。



「うわっ!驚かせんなっ!離れろっ!」



「イーヤ!」



本当に離れたいという表情など、微塵も浮かべていない犬夜叉は、真っ赤に染まっている己の面を見られないように懸命に隠す。
何とも微笑ましい光景だ。



出会った頃は、事あるごとに喧嘩ばかりしていた二人だが、今はこんなにも微笑ましい関係を築いている。
最も今でも喧嘩は絶えないのだが…。



かごめに絡みつかれたまま、犬夜叉は大木へと飛んだ。
ふわりと衝撃が少ないようにと太目の枝に着地すると、背中のかごめをゆっくり降ろした。



「うわぁ。ほんとに高ーい!」



「だーかーらー!暴れんなって!」



枝の上に立って、今にも落ちんばかりに身を乗り出すかごめにハラハラしつつも、犬夜叉はかごめの身体をしっかりと抱いていた。



「犬夜叉がしっかり支えててくれてるから大丈夫よ!」



「ったく。」



悪態はついて見せても表情に怒りの色はない。照れ隠しだということは明白。
それが分かっているからこそ、かごめはそれ以上は何も言わない。



犬夜叉に身体を預けながら、上空に上っている月を見上げる。
青みがかった黒いキャンパスに散らばる星々。それは夜空に浮かぶ宝石のように煌いている。
その宝石達が飾りたてるのは、今宵の主役であるぼんやり浮かぶ月。



黄色とも白色とも言える色味が何とも言えない印象を与える。



「綺麗…」



自然とかごめの口からこぼれた言の葉。
それがそよぐ風に乗って、上空の月へと舞い上がっていく。



黒い瞳を大きく輝かせ月を眺めるかごめを見ながら、犬夜叉は己の着ていた緋衣を脱いだ。
そして、それをそっとかごめに着せてやる。



「風が冷たいからな。」



ただ一言。そうつぶやいて。



「ありがとう。犬夜叉。」



持ち主の温もりが残る衣を羽織ると、身だけではなく心も温まる。
それはきっと持ち主の心が温かいから。



そんなことをぼんやり考えながら、かごめは今一度犬夜叉にもたれかかった。



犬夜叉は今度は何も言わず、そっと自分よりも一回りは小さい身体を包むように抱きしめた。
そのままゆっくりと木の幹に腰かけた。



犬夜叉が膝の上に乗せてやると、かごめはふんわりとした笑顔を浮かべた。
小さな声でもう一度囁く。



「ありがとう」






今日連れてきてくれたことへの“ありがとう”






優しい心への“ありがとう”






温かい心への“ありがとう”






そして









そばにいてくれることへの“ありがとう”









たくさんの“ありがとう”の想いをこめて









優しい月明かりの下で






抱き合うふたり






交し合う笑顔は






何よりも優しかった

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【月見夜】

3万HIT記念フリー小説
ようやく完成いたしました。
フリー配布です。とりあえず2007年いっぱいまで。

更新が遅れてしまって申し訳ありません。
そして、物足りない展開ですみません。
【流るる時代の中で】を書いているせいか、どうしても進んだ展開が書けない今日この頃…

でも、久々に普通のものが書けて楽しかったです。
読んでくださった皆様。
いつもサイトに来てくださる皆様。

ありがとうございます。
感謝してます。


2007/11/16 18:49 管理人 伽夜

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