【クリスマス・イヴ】
五、聖なる夜に記念の一枚を




















『それじゃー、敦賀さん。適当に彼女に絡んでみてください。』









いつの間にか集まった大勢のギャラリー…表の店の店員と撮影スタッフが、感嘆のため息をあげている。
もちろんそれは、あまりに自然な姿の二人に向けてのものだ。
二人がどんな会話を繰り広げているかも知らずに。









「敦賀さん。」
「なに?」









蓮はキョーコの背後から抱きしめるように腕を回し、キョーコはそんな蓮の腕に軽く手を添えながら、小さな声で会話をしている。
声色とは違い、とても柔和な笑顔を浮かべているので、周りにいるスタッフや店員には、普通に仲の良い男女にしか見えないだろう。さすがは、実力派俳優と注目の若手女優だ。









「嵌めましたね?」
「嵌めた………わけじゃないんだけどな。」









蓮は心外だな…と言いながら、今度はキョーコの肩に顔を埋める。









「これはどうみてもお仕事じゃないですか!?仕事なら最初からそう言ってくれれば良かったのに…」
「んー、間違ってないけど、それは違う。」





「わけ分からないこと言わないで下さいよ。」
「正式な依頼じゃないから。コレは。」









蓮の言葉に驚いたキョーコは、肩にある蓮の顔を覗き込むように視線を合わせる。
そして振り向いた状態のキョーコを今度は正面から抱きしめるようなポーズを取った。









「え?そうなんですか?」
「気が向いたら協力してやってくれって、社長に頼まれたんだ。」









「俺の方を向いてないで、カメラを見て」と言いながら、キョーコの顎を取って、カメラ側に向けてやる。









「社長に…ですか?」
「そう。ここにはお世話になっているしね。今日じゃなくても良かったんだけど…
 こうして堂々と衣装も借りられるし、最上さんもこういうの好きかなって思ったから」









確かにこういうのは嫌いじゃない…むしろ素敵な魔法をかけて貰えてとても嬉しいと思っていたキョーコは、ほんのりと頬を赤く染めた。
その赤く染まった顔を両の手で包み込むように添える蓮と、頬に添えられた手の温かさに驚き、目を見開くキョーコの目が合った。









「た、確かに…こーゆーのは好きです…」
「…本音を言えば、君とこういうのをやってみたかったから。」









思いも寄らない言葉に、キョーコは更に頬を紅潮させた。









「じょ、冗談はやめてください…!!」
「冗談でこんな事言わないけど。」









真面目な視線を蓮は送るが、対するキョーコは蓮の言葉の意味が理解しきれず、あたふたと動揺して視線を彷徨わせながら、強引な話題転化を起こした。









「と、ところでコレって一体何の撮影なんですかっ!?」
「ああ、そういえば言ってなかったね。これは、このお店に飾るパネルの撮影なんだよ。」
「パ…パネルですかっ!?」









何も聞かされないまま、ただ『二人で仲良く絡んでみてください』なんて言われて、一体何の撮影なのかと思っていたキョーコは、思いも寄らない内容に驚愕のあまり顔を思いっきり引き攣らせた。









「ほらほら、そんな顔しない。」
「うっ……すみません。」









キョーコの両頬に添えていた手を肩へ滑らせ、腰辺りにゆっくり回す。
丁度向かい合って互いを見つめるのに丁度良い距離になった。









「あの………敦賀さん?」
「なに?」
「今更なんですけど…………くっつき過ぎじゃないですかっ!?」









本当に今更なキョーコの発言に、蓮は一瞬呆気に取られたような顔を見せたが、すぐに表情を柔和に綻ばせた。









「今更も今更だね……コンセプトは“恋人同士の仲睦まじい自然な姿”なんだからこれくらい普通でしょ?」









(こ、こ、これが……コレが普通だって言うのっ!?)









撮影が始まると同時に、いきなり背後から抱きつかれるわ、コレでもかって言う位に接近戦を仕掛けてくるわ、腰に手を回すわで、恋愛経験の乏しいキョーコには、羞恥の極地だった。
今にも叫びだしそうなくらいに恥ずかしいのだが、それでも“コレはお仕事。お仕事。お仕事。”とお経の如く心で唱え、何とか笑顔を振りまいていた。









ある意味では役者魂である。










これまで平静に見えたのは、そういう密着をしていても蓮が全く動じていなかった為だ。
最初に触れられた時こそ、心で絶叫したキョーコだったが、ふと蓮を伺えばかなり飄々としていた。
“自分ばかりが動揺してるなんて!!”という生来から持っている負けず嫌いの根性が、気を抜けば即刻腰砕けになるだろうこの状況に耐えるだけの力を与えていたのだ。









「さて、お次はどんなシチュエーションにしようか?」
「へ?」





「だから、どんな風にやってみたいってこと。」
「き、聞かないで下さいよっ!?そ、そんな……っ……」









まさか自分にリクエストするように言われると思ってもみなかったキョーコは、思わず顔を赤らめてしまった。
鉄板の如き強い意志で自分を保っていたにも関わらず、予想外の言葉でそれは今にも崩れそうな勢いで大きく揺らいでしまった。









「最上さん。」
「はい?」









蓮はこれ以上ないくらいに優雅に微笑むと、限界ギリギリまで顔を近づけた。
あとほんの数センチにまで迫った蓮の瞳が、その全てを暴かんとばかりにキョーコの大きな黒瞳を覗き込んだ。









(ひぃぃぃいいい〜〜〜〜〜〜〜っ!!!ち、近いっ!!近いすぎよぉぉおおっ!!)









瞳を白黒させながらもなんとか立っていられるのは、蓮がキョーコの腰に手を回している為だ。
遠くなりそうな意識を必死で繋ぎ止めようと、キョーコは足掻いて見せるが、それもかなり危ない。









「いっそ、キスのひとつでもしてみる?」
「…〜〜〜〜〜〜っ!!!!?」









洒落にならない距離で、さらっと問題発言をする蓮。
免疫の欠片もないキョーコはすっかりテンパってしまい、だた瞳を白黒させるばかりだ。

蓮は少しだけ顔を傾けて、そのまま距離を詰めた。
あと数センチしかなかった距離は、あっという間に詰められしまい、何か温かいものがキョーコの頬を掠めた。









「な、な、な、な、なっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」









言葉にもなっていない悲鳴をあげたキョーコは、今しがた触れられた頬を咄嗟にその細い手で覆った。
顔面の温度は急上昇をし、茹蛸よりも更に真っ赤になって、その脳天からは僅かな湯気が見えないこともない。
瞳をかなり大きく見開いたままフリーズしたキョーコは、目の前で微笑んでいる男の顔を凝視した。









「唇の方がよかった?」









なんて言うものだから、今でも全く余裕のないキョーコは、これ以上無いくらいに頬を染め、その朱は耳、いや全身に広がった。
身体中の血液が全て沸騰するような感覚を覚えたが、自分の身体のこととはいえ、こればかりはどうしようもない。









「ああ、でも君の事だ。唇にしたら俺を“破廉恥”呼ばわりするだろうね。それは不本意だから今はまだ止めておくよ。」









キョーコの竹を割ったような性格を考えれば、例え唇じゃなくても蓮がした所業は“破廉恥”に当たるだろう。
当たるだろうが、肝心の本人が思考停止状態だ。真っ赤に顔を染めたまま微動だにしない。
蓮にとって、このキョーコの反応は範疇内だった。









蓮は腰に回していた手に力を篭めると、キョーコの身体が宙に浮かせた。
それはふわりとまるで優しい風にさらわれた、タンポポの綿帽子のように…









「えっ……?」









突然、持ち上げられたという浮遊感によって、キョーコは漸く意識を取り戻した。
まるで力を篭めていないかのような、自分の腰を掴んでいる蓮の手が不思議でならなかった。
こんなにも軽々と、まるで綿を掬いあげるような優しさで。









蓮の頭よりも高く持ち上げられた視界に映るのは、いつもの景色とは全く違う世界だった。
同じ世界を見ている筈なのに、ちょっと目線を変えるだけでこんなにも変わるのか、とキョーコは心から不思議に思った。









いつもは見上げなければ見えない蓮の顔が、自分の下にあるという現実。
見上げる時とは全く違う。見ているのはいつもと同じ笑顔だというのに、それさえも全く別のものに見える。









「君は本当に軽いね。羽でも生えているのかい?」









それだ、とキョーコは己の内で頷いた。
いつもならば「そんな恥ずかしいことを言わないで下さい」と叫んでいる場面で、キョーコは全く違う目線で蓮に頷いた。
瞳を少しだけ細めて、自然な笑顔を浮かべるキョーコ。









「……空を……空を飛んでいるみたいです。」









穏やかに微笑みながら紡がれた言葉は、平素とは違う色に包まれていた。
先程までの羞恥の色はすっかり息を潜め、今あるのは自然に包まれた優しい微笑み。

頭上から注がれるキョーコの微笑みに、蓮は少しだけ目を見開くと、キョーコ以上に穏やかで優しい微笑を零した。










そして、キョーコを持ち上げたまま数回くるくると回る。

ふわりと揺れるスカートが本当に羽のように舞う。
すると、キョーコの顔が今度は無邪気な幼子のような笑顔に包まれた。










それは、とても自然な表情。









強いフラッシュが何度も当てられたが、二人は全くそれに気が付いていなかった。
互いの瞳に映る互いの笑顔だけをただ見つめて、くるくると回る。









何度かそれを続け、蓮は少しだけ力を抜き、少しだけ地上に降りてきたキョーコの身体をそっと抱きしめた。
キョーコは、自分の胸辺りにある蓮の顔を見つめた。遠くもなく近くもないその距離。
細くしなやかな白い腕を蓮の首に巻きつけて、少しだけ抱きしめた。









それは、キョーコが蓮を抱きしめる構図。
優しい彼女の腕が、彼を包み込むその姿はとても自然で、とても優しいもの。









そして、そんな二人に生まれたのが、本日最高の笑顔だった。

愛しさと優しさに溢れた笑顔を、互いに送ったその瞬間、フラッシュと共にシャッター音が響いた。



















後に、この瞬間を捉えた写真が、ブティックに飾られることになるパネルとなったのは、最早言うまでもない。





















Next→ 六、空から降る百億の星





















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【あとがき】



第五話です。
明日で第六話。
…なんですが、
どうやらもう一話くらいはかかりそうです。
できれば24日で終わらせたい!

無理だったらごめんなさいm(__)m

それにしても、
今回の話は書いてて砂吐きかけました(笑)



作成 2007/12/23
更新 2007/12/23 23:17

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