【クリスマス・イヴ】
六、空から降る百億の星




















撮影を終えたキョーコと蓮は、その時に纏った衣装の上にコートを羽織い、ブティックを後にした。
外はすっかり暗く染まり、間もなく夜を迎えようとしていた。









「楽しかった?」
「はい!すっごく貴重な体験をさせて頂けて嬉しいです!」









今もまだ少しだけ残る羽の生えた感覚に身を任せながら、蓮の運転する車の助手席に座っているキョーコは、嬉しさが滲み出ている笑顔を見せた。









「それなら良かった。」
「ありがとうございます。すごく楽しかったです。」









満面の笑顔を見せるキョーコに、蓮も満足そうな笑顔を浮かべた。









「すっかり暗くになっちゃったね。そろそろ本日のメインイベントといこうか?」
「はい!」









スモールライトを点灯させた車は、瞬く間にメインストリートを抜け、目的の場所へ向けて加速していった。




















          *




















冬場の夜の訪れは早い。
先程まで薄靄程度だった夜の色が、いつの間にか空全体を覆い、天には無数の星々が散りばめられていた。
雲ひとつない夜空に輝く星は、何時にも増して光り輝いているように見えるのは、決して気のせいでもないだろう。









現在の時刻は18:45。
イルミネーションの点灯まであと15分と迫っていた。









小さなビル程の高さがあるメインのツリーは、今は真っ黒なシルエットに包まれていた。
周囲には、イルミネーションの点灯はまだかとかなりの数の人間が、わらわらと集まりその時を待っていた。
見渡す限りに広がる人の群れ。幸い灯りが少ないせいで辺りがどうなっているのかはよく見えない。









「さすがにすごい人だかりですね。」
「そうだね。」









ツリーから少し離れたところで周囲に気を配りながら、そのツリーを見上げているキョーコはその余りの混雑に息を呑んだ。









「今はまだ灯りが少なくて顔も良く見えないですけど、これが点灯したらかなり明るくなりますよね…」









予想以上の人混みを目の当たりにして、キョーコは今になって本当にこんなところに来ても良かったのかと迷い出していた。
今はまだ暗い。イルミネーションの華やかさを最大源に演出するために、あえて周囲の電灯などの明かりを最小限に留めているからだろう。
隣にいる蓮の顔でさえよく見えない。それどころか自分の手ですらよく見えないのだ。









イルミネーションが点灯されれば、この闇の景色が一気に華やかなものに変わるのだろうことは考えるまでもなかった。
現在暗いその分だけ、その点灯は、太陽の光の如く周囲を明るくはっきりと映し出すだろう。









キョーコはふと蓮を見上げた。今、蓮がどんな表情をしているかなどは分からないものの、シルエットははっきりと見える。
黒いロングコートを纏い、髪型は普段のそれとはだいぶ印象が違う。薄めの色だがサングラスもしている。
だが、元々190を超える長身の上に、纏うオーラが常人のそれとは違う。









先程からキョーコ達のすぐ傍を通る人間がチラチラと視線を送っていた。
この状態だからこそ“敦賀蓮”とはバレていない。だが、その存在感だけで蓮は確実に人目を引いていた。









明るくなれば、もっとはっきりと姿が見えてしまうだろう。
サングラスをかけているとはいえ、それでも蓮の完璧すぎる容貌を隠すまでには至っていない。
このままでは、周囲にバレてしまうのも時間の問題だ。









「あの……やっぱり帰りましょうか?」
「どうして?せっかく来たのに。見たかったんだろう?」
「でも………明るくなったら、絶対にバレますよ?気付いてますか?さっきからチラチラと見られているんですよ?」
「別に構わないよ。」









何度か同じ問いをかけているのだが、蓮は一向に頷く気配を見せない。
あくまで大丈夫だとしか言わない。









「それよりも最上さん。これだけの人がいるんだから、はぐれないようにね?」









(ヒトの心配よりも………自分の心配をして下さいよ……)









キョーコはコートのポケットから携帯を取り出して時間を確認すると、点灯時刻である19時まであと5分と迫っていた。
たった5分では、仮にこの場から離れられたとしても、車に辿り着く前にツリーが点灯され、その明かりによって見つかってしまうだろう。









(どうしよう……?このままじゃ………)









手に持っていたバックをぎゅっと強く握り締め、何とかこの状況を回避する方法はないかと、キョーコは思考を全開に巡らす。
物陰に隠れようにも、ツリーから少し離れたこの場所にまで人が溢れ始めていて、とてもじゃないがこの短時間で抜けられるとも思えない。

キョーコはバックに瞳を落とし、何かないものかと更に考え込む。









(あ……そうだ!)









手にしていたバックを漁り出し、黒い不繊維布で包まれた袋を取り出した。
それには赤い光沢のあるリボンがぐるりと巻かれている。
バックを肘にかけ、その包みを抱えて蓮を見上げた。









「最上さん?それは………」









蓮がキョーコの不審な動きに気付き、その手にしている黒い包みをじっと見つめた。









「ホントは……ちゃんとお渡ししたかったんですが………」









キョーコはそう言うなり、手に持っていた包みに巻かれた真紅のリボンをするりと外し、袋の口を開いて中から紅い布状のものを取り出した。









「敦賀さん。ちょっとだけ屈んでくれませんか?」
「え………?」









一体何事かと蓮は一瞬戸惑いを見せたが、キョーコがあまりにも真剣な声をしているので、大人しく少しだけ腰を落とした。
蓮が腰を落とすのを確認したキョーコは、手に持っていた布状のものを両手いっぱいに開いた。
それはとても細長く、キョーコの広げた両腕よりもはるかに長い布だった。









「………動かないでくださいね?」









蓮のコートの襟に手をかけ、頭が自分の胸の高さまで引き寄せて、その長い布を細くて長い首に巻きつけた。
顔の半分が隠れるくらいに、キョーコはその布を蓮に巻きつける。
そして、ささっと形を整えるとキョーコは漸く蓮を開放した。









「最上さん……?」









蓮の首に巻かれたのは、エンジに近い紅色の長いマフラーだった。
薄手の生地なのだが、その手触りはとても柔らかく心地よい。









「………それ。………その、クリスマスプレゼントです……」









少し俯きながら、キョーコは本当に小さな声でそっと告げる。









「え………?」









それは蓮が予想していなかった言葉だった。









「その……いきなりすみません。
 ……いつも敦賀さんにはお世話になってますし、それに今日はクリスマスですから……」
「…………」
「そ、それから!こ、こんな渡し方をしてしまって……。ちょっとでも顔を隠せるかなっと思いまして……」









キョーコは自分でも何が言いたいのか分かっていないといった様子で、口早に言い訳を述べるが、当の蓮は何も言わずにただじっとキョーコを見つめていた。
特に何も口にしない蓮に、キョーコはそろそろと顔を上げた。
何も言わないどころか、微動だにしない蓮に、さすがのキョーコも息を呑んだ。









(や、やっぱりっ!……いきなりこんなモノ渡されたら敦賀さんだって困っちゃうわよねっ……どうしようっ!!?)









「ごごご、ごめんなさいぃぃぃぃいいい」









「大失態だわ」と顔を真っ青にしながら、キョーコが深く頭を下げた瞬間、蓮の大きな手がキョーコの頭を受け止めた。
中途半端なお辞儀体勢で止められたキョーコは、再び恐る恐る蓮を見上げる。









「敦賀さ……」
「ありがとう。とても嬉しいよ。」









とても柔らかい笑顔を浮かべているのは、この真っ暗な中でも分かる。
サングラスの奥の瞳が、これ以上ないくらいに優しい笑みを湛えていた。









「ちょっと驚いただけ。まさか君から贈り物をされるとは思ってなかったから……」
「すっ、すいませんっ!!私っ!つ、敦賀さんなら、こんなものよりももっといいものをお持ちでしょうにっ!」

「“こんなもの”……じゃないよ?ありがとう。本当に嬉しいよ。」
「あ……いえ……」









キョーコが巻いた紅いマフラーに触れながら、本当に嬉しそうに笑顔を零す蓮に、キョーコは思わず息を呑んだ。









「わざわざ用意してくれたの?」
「え……その、じ、実は、モー子さんへのクリスマスプレゼントを探していた時に……店頭にディスプレイされていたソレを見て…
 なんと言いますか………えっと……その………」









親友である奏江のクリスマスプレゼントを探しに出た街で、偶然見かけたのがその紅いマフラーだった。
何軒ものお店を巡って、たまたま立ち止まったショップのディスプレイに展示されていたのだ。

紅色の長いマフラーは、背の高い男性用のマネキンに巻かれていた。










その紅色がキョーコの瞳を奪った。
あまりに綺麗なその色を見て、頭に思い浮かんだのが蓮だった。









導かれるように店へと入りその商品を手に取ると、それはとても柔らかくかなり手触りが良くて、キョーコはすぐに気に入ってしまった。
ディスプレイしてあるだけあって、その値段を見た時は目が飛び出そうになったが、それでも買わずにはいられなかった。
店員に購入の意思を伝えると、「プレゼントですか?」と問われ、一瞬戸惑いながらもコクンと首を縦に振った。









「……きっと、似合うだろうな……と思いまして、それで……い、いつもお世話になってますし……」









あの時は、ただ蓮の顔だけがキョーコの頭に浮かんでいた。
血のように赤い紅色は、綺麗な黒茶色の髪を持つ蓮にとてもよく似合うだろうと。









「つ、敦賀さんはいつも車ですから、その……あまり必要ないかとも思ったんですが……」









殆ど突発的に思い立ったクリスマスプレゼントだった。
だが、奏江へのプレゼントを選びながら、頭のどこかで考えていたのはいつもお世話になっている先輩俳優の姿。










特別な意味……というわけではない。
イヴや25日に渡さなければ、特に変に思われることはないだろうとキョーコは思いながらも、購入したその日からずっと持ち歩いている鞄に潜ませていた。









「今年は寒いよね?」
「え?」









かなり脈絡のない蓮の言葉に、キョーコは目を見張った。
そんなキョーコを見つめ、ふわりと笑顔をその顔に宿した。









「だから、大事に使わせてもらうよ。」
「は………はい……」









一生懸命何かを話そうとしているキョーコの意思を汲んだ蓮の優しさだった。
言葉の端々にある「お世話になっている」という心は本心であることは重々承知していた。
キョーコが義理堅い人間だという事はよく知っているからだ。









蓮にとってそれは、少し…いや、だいぶ残念なことではあるのだが、それでもキョーコは「似合うと思って」という言葉を添えた。
それもきっと本心なのだと蓮は理解した。










随分自分の都合の良いように受け取るな……と蓮は思いながらも、
“ほんの少しでも自分を思い浮かべてくれた”
という事実が、この上もないくらいに嬉しかったのだ。



















ザワザワというざわめきと共に、周囲が急に眩い光に包まれた。
それはもちろんイルミネーション点灯による光だ。
ビルほどの高さがあるツリーが一気に白い光に包まれ、その周囲に巡らされた無数のLEDが輝き出した。









壮観。










という名に相応しい美しい情景に、そこに集った人々の大きな歓声と感動に震える溜息が一気に溢れ出す。
目の前に広がる無数の光は、まるで天に輝く幾億の星のようだった。









「……綺麗…」









その景色に魅せられたキョーコもまた深い感嘆の声を上げた。
煌く数多のカラーが辺り一帯を鮮やかに彩る。
賑やかでどこか忙しない常の雰囲気が一変した街並みが、信じられないくらいに幻想的に飾られていた。









「すごい……すごいですよね!」









キョーコの顔がみるみる内に笑顔に飾られていく。
大きな瞳を常以上に輝かせながら、イルミネーションを見上げては子供のようにはしゃぐその姿は、先程撮影の時に見せた幼い子供のような無邪気な笑顔。









そんなキョーコを見つめながら、蓮は少しだけ苦笑する。
キョーコには聞こえない声量で「本当に昔から変わらないね」と零すと、蓮はキョーコの右手をそっと握り締めた。









「つ、敦賀さん!?」









突然与えられた右手の温もりに、キョーコは思わず高い声をあげる。
己の右手にある蓮の左手とその顔を交互に見ながら、慌てたように首を大きく振った。









「はぐれないようにしないとね?」
「えっ!?」









動揺しているキョーコとは対照的な落ち着いた笑顔を浮かべる蓮。









「少し歩こう?」
「はっ……はい!」









蓮はキョーコの手をしっかりと握りながら、人の流れに乗って一歩を踏み出した。
引っ張られる手と与えられる温もりに羞恥しながらも、キョーコはそれに抗うこともなくその歩みに合わせて歩き出した。





















Next→ 七、幻想的な景色の中で





















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【あとがき】



第六話です。
終わりませんでした。
やっぱり一話では終わりませんでした…
流石に今日中は難しい…予定アリなので

ごめんなさいm(__)m



作成 2007/12/24
更新 2007/12/24 19:48

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