【クリスマス・イヴ】
八、最高のプレゼント




















深夜の時間帯に差し掛かっているにも関わらず、街は常と変わらない不夜城の様相を呈していた。
もうすぐイヴの夜は終わり、クリスマス本番を迎えるのだ。
街を歩くのは、恋人同士と思わしき男女や、おそらくは仲間同士なのであろう数人の男女が入り混じる集団。
誰もが皆幸せそうな笑顔を浮かべている。









(……もしかして、私達もそんな風に見えていたのかな?)









車の窓から見える沢山のカップルの仲睦ましい様子をキョーコはまじまじと見つめた。









男が女の肩を抱いている姿。
腰に手を回しながら笑い合って歩いている姿。
ぴったりと寄り添いながら手を繋ぎ合っている姿。









どれもこれも幸せなカップルの構図だった。









キョーコは、手を繋ぎ合って歩いているカップルを見るなり、カァっと顔を赤らめながら自分の手を見つめた。
何色にも見える美しいイルミネーションの元で、蓮と繋ぎあった数時間前の自分の手を。









今でも温もりが残っているんじゃないかと思えるほどに、蓮の大きな手は温かかった。
これまで、蓮と手を繋いだことがなかったわけではないキョーコだったが、今日はそれまでとは少し違う感覚が残っていた。
それが何かと問われてもおそらく答えは出ない。









(……………温かかった……)









手に残る感覚は、ただ温かかった。










手も………心も…………









「最上さん?」
「えっ?」









繋がれていた手を見つめていたキョーコが、蓮の呼びかけにハッとして顔をあげると、そこには少し心配そうな蓮の端正な顔をあった。









「どうした?大丈夫?」
「あ、いえ、すみません。大丈夫です。少しぼうっとしちゃって……」









しばらく呆然として何かを考えていたらしいキョーコの様子には、とうの昔から気が付いていたのだが、その表情があまりにも柔らかだった為か、蓮は声をかけるタイミングを探っていたらしいのだが、キョーコがいつものように笑って反応してくれたので、蓮はほっとしたように顔を少し綻ばした。









「もうすぐ着くよ?」
「はい!……………………あ、あれっ!?」
「な、何?」









はっきりと返事をしたかと思えば、突然大きな声をあげるキョーコ。
一体何事かと驚いた蓮は、思わず急ブレーキを踏みそうになるが、なんとか堪えてキョーコの顔を覗いた。









「敦賀さん!ほら、空から……」
「空………?」









イルミネーションを見ていた時のような輝いた瞳で、キョーコがフロントガラスの上の方を指で示すので、運転に注意を払いながらも、そろそろと空を見上げた。
すっかり闇色に染まった黒い空から、輝かしい光が舞っている。
ふわり、ふわりという擬音が相応しいその様子に、蓮は漸く合点がいったように頷いた。









「ああ、雪…………かな?」
「はい!雪ですよっ!雪!……………ホワイトクリスマスになりましたね!」









子供のように煌く大きな瞳を更に大きく見開きながら、無邪気な声をあげるキョーコに、蓮はくすりと微笑を零した。









「そうだね。……神様からのクリスマスプレゼントかな?」









普通ならば、「どうなの?この台詞は?」と言いたくなるところなのだが、この敦賀蓮という男が口にした場合は、その普通が当てはまらない。
日本人らしからぬ………日本人ではないのだが、こんな恥ずかしい台詞をナチュラルに言葉にしてしまうのは、この日本中を探しても蓮くらいのものだろう。










普段のキョーコなら、そんなクサイ台詞を……と返すところだったのだが、今日のキョーコは夕方以降、すっかりメルヘン思考に支配されていたので、「はい!素敵なプレゼントですね!」と同調する返事を返した。









はらはらと空から舞い落ちる白い雪は、だんだんとその量を増してくる。
かなり細かい粉雪は、少しの風に揺られて彷徨うようにゆっくりと地上に降り注いでいた。









「さあ、着いたよ。」









だるま屋の近くの道路の傍に車を止め、蓮はエンジンを切った。
そして、車のキーをそのままに車から降りて、キョーコが座っている助手席のドアを開いた。









(本当に……紳士なのね。このヒトは……)









心が擽られるような感覚に身を任し、キョーコは蓮の好意を素直に受け取り車から降りた。









「今年最初の雪ですね?」
「そうだね。」









キョーコは嬉しそうに空を見上げながら、くるくると回る。雪とじゃれているその姿は、無邪気で純粋としか言えなかった。









「ホワイトクリスマスなんて久しぶり〜〜〜!」









吐く息は雪のように真っ白で、寒さからか肌を差すような痛みを感じたキョーコは、はじめて寒いなと思った。









(雪が降っているくらいだもの。当たり前よね………)









これ以上、外に出ていれば風邪を引きかねないとキョーコは、そろそろ帰らなくちゃと蓮に向かって声をかけた。









「敦賀さん。今日は……」









すぐ隣に在った筈の蓮がいないことに驚いたキョーコは、左右を見渡しその姿を探したのだが、なぜか見当たらない。
キョーコはおかしいなと思い、背後を振り返ろうとしたその時だった。









「………えっ…………?」









振り返ると同時に見たのは、雪の舞わない黒い景色だった。
それが、蓮に抱きしめられた為だと気がつくまでに数秒。









(な……な、なっ、ななな何っ………!?)









一瞬何が起こったのか分からなくなったキョーコは、あまりの衝撃に瞳を白黒させた。
だが、いつの間にか嗅ぎ慣れていた香りに気がつくと、キョーコはふわりとした温かい感覚に包まれた。









あの時のように………









(そう………あの時も………すごく安心したのよね………)









それはもちろん軽井沢のロケの時の話。
キョーコ曰く、魔界人であるレイノに襲われかけて、助けて貰った直後のことだ。
今はどうしているのかとコーンを思い、泣いたキョーコを優しく抱きしめたのが蓮だった。
その時に感じた温もりと香りを思い出したのだった。









蓮の手がキョーコの首の後ろ辺りで小さく動いた。
その動きを不審に思ったキョーコが、押し付けられた状態にあった蓮の肩口から、そろそろと顔をあげた。










その瞬間、蓮の身体がふっと離れる。
ふわりと遠ざかる香りに名残惜しさを感じつつも、キョーコは胸元にひんやりとした感覚を覚えた。









コートの合わせから覗く白い肌に感じるのは金属質の何か。
先程までは感じなかった感触に、キョーコはそっと手を当てた。

何となくよぎる予感を抱えたまま、キョーコはゆっくりと視線をあげた。
そこには、この降り注ぐ雪のように柔らかく優しい笑顔を湛えた蓮の顔があった。









「え………?」









胸元に感じるそれを手に取って、再び視線を落とすと、予感通りの姿があった。
首に近いためにその細かい部分まで見ることができなかったので、キョーコは慌てて首の後ろにある留め具を外して手にとった。









掌にあるのは、上質のプラチナの細いチェーンとあのイルミネーションを思い起こすかのように光り輝く透明な宝石。
ハートを思わせるプラチナのオブジェの中央にひとつ上品な形にカットされた小さいダイヤとその周りにある更に小さく細かいダイヤ。
大きさ的にはかなり控えめなのだが、中央に座しているダイヤはその存在感を示すかのように、まばゆく輝いていた。









「つ、敦賀さんっ!?……こ、これっ!?」









かなり驚いた様子で慌てるキョーコに、蓮はふわりと微笑む。









「俺からのクリスマスプレゼントだよ。」









柔らかな輝きを放つこのダイヤと同じ笑顔を浮かべる蓮に戸惑いながらも、キョーコは首を振って蓮に向かって一歩近づく。









「だ、だだ、ダメですっ!?こ、こんな高級なものを……わ、私っ!?」









一目でも分かるくらいに上質な輝きを放つネックレスを蓮に差し出しながら、これは受け取れないと首を横に振るキョーコ。









「俺だって君からプレゼントを貰ったんだよ?」









首に巻いてある紅のマフラーを愛おしむように手を添える蓮は、だたふわりと微笑むばかり。









「で、でもっ!こ、これはっ………」
「………………君に受け取って欲しいんだ。」









キョーコの言葉を遮るように、蓮は優しい声をあげた。









「迷惑………かな?」









少し首を傾げて悲しそうな顔をする蓮に、キョーコはぶんぶんと一際大きく首を振った。









「め、めっ、迷惑じゃないですっ!だけどっ!」









あまりにも高級すぎるプレゼントに、キョーコはただ、しどろもどろになるばかりだった。
顔どころか耳まで真っ赤にしながら、何度も何度も戸惑うように蓮を見つめるキョーコ。









「迷惑じゃなければ………どうか、受け取って?」









あまりにも優しすぎる蓮の笑顔に、キョーコもついに言葉が出なくなってしまった。
蓮からのクリスマスプレゼントが煩わしいわけではない。









(わ、私だって、押し付けるように敦賀さんにプレゼントを渡して…………)









キョーコは自分の手にあるネックレスをじっと見つめる。
かなりキョーコ好みのデザインの可愛らしい逸品だ。









昨日既に奏江からもプレゼントを受け取った。
それも自分好みのかなり可愛いコスメセットだった。
人生で初めての友達からのプレゼントは、どうにかなってしまうほど嬉しかった。









そして今日は人生で初めて異性からプレゼントを渡されたのだ。
異性にプレゼントを渡すという行為自体は初めてではなかったが、いつも一方的なものであり、特にその相手であった尚から何かを貰うという事はなかった。










その当時は、自分が尚から貰うなどと夢のまた夢だと思っていたし、今となっては最早どうでも良いことだった。

十六年生きてきた人生の中で、これほど衝撃的なクリスマスイヴを過ごすのは初めてだった。










突然誘われ、素敵な魔法をかけられたと思ったら、イルミネーションで彩られた街中をデートし、いつも通りに食事をして、そして下宿先まで送って貰ったところで、予想外のプレゼント。
今日一日だけでも沢山の“初めて”があり、キョーコの思考回路はパンク寸前だった。









チラっと蓮の顔を見上げれば、先程から変わらない柔らかい笑顔。
心が穏かになり、とても安心するその微笑みに、キョーコは更に頬を染めると、ゆっくりと頷いた。

それはもちろん、蓮からのプレゼントを受け取るという意だった。









「ありがとう。」









キョーコのその様子から、是の意を理解した蓮は、更に柔らかく微笑むと、キョーコの掌にあるネックレスをそっと手に取った。
そして、もう一度キョーコの首にかけてやる。









(うぅ………ヒトに付けて貰うのって、恥ずかしいっ……)









先程のように、首に腕を回されて蓮がネックレスの留め具をいじっている間のキョーコは、まるで石像を思わせるかのようにピシリと固まっていた。
どうしようもなく近い蓮の気配と香りと………耳の近くにある顔から聞こえる吐息にどうしようもなく反応してしまう。
グングンと体温が上昇してくるのが分かったキョーコは、ぐっと瞳を強く閉じて耐えるように唇を噛んだ。
そうでもしないと、先程からかなり五月蝿い自分の鼓動と、上がり続けてのぼせそうになる体温でどうにかなってしまいそうであったから。









「はい、付けたよ。」









ふわっと空気が揺れると、蓮は少しだけキョーコから身を離した。
それでも、まだ近い互いの距離に、キョーコは息をぐっと呑む。









「あ、あああ、ありがとうございますっ…………」









蓮にぶつからない程度に頭を下げ、回らない口で懸命に御礼の声を出し、そして少しだけ蓮を見上げた。









「うん。よく似合ってる。」
「………だ、大事にしますっ……」




「そうして貰えると嬉しいけど………」
「けど?」









何ですか、と言う顔を見せるキョーコは、蓮は少し恥ずかしそうな表情で小声でそっと告げる。









「身に付けて貰えると………もっと嬉しいかな?………もちろん君の気が向いた時で構わないけど……」
「……あ……は、はい。……えっと……つ、敦賀さんも、その………」









そこまで言いかけて、キョーコはぐっと言葉を呑み込んでしまった。
だが、蓮はキョーコが言いたかったことを理解し、それを無理に言葉にさせようとはせずに、ただゆっくりと頷いた。









「うん。俺も使わせてもらうから……大事にね。」









見上げた先の蓮の顔は、とても穏やかに笑っていて、キョーコは何も言わずに伝わった気持ちが嬉しかったのか、恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を見せた。
そんなキョーコの頬にそっと手を添えた蓮は、すっかり冷え切ったそれに瞳を細めた。









「すっかり冷えちゃったね。」









蓮は、頬に添えてたその手を首の後ろに、もう片方の腕をキョーコの細い肩に回して、そのまま抱きしめた。









「え……………?」









抱きしめる腕にわずかに力が篭められて、一瞬自分がどうなったのか分からなくなったキョーコは瞳を大きく見開いた。
蓮が屈むような体勢を取っていた為、キョーコの顔はその肩口に埋まった。









「あ………え………?」









暴れるでも固まるでもなく、ただじっと、されるままにしていたキョーコの耳朶に柔らかい声がかけられた。









「……少しは温かいかと思って。」









一体何のことなのかと頭を捻ったキョーコだったが、全身に感じる蓮の温もりに気がついて、そのまま首を縦に振った。









「……温かい……です……」









肩口から感じたキョーコの返事に、蓮はクスリと小さな笑いと、安堵の息を零した。









「……それなら良かった。」









これ以上ない声で囁かれ、キョーコはふわっとした感覚に包まれた。









(不思議…………コート越しなのに……温かい……)









全身を包まれるような感覚が心地よくて、耳朶にかかる吐息がくすぐったくて、わずかに聞こえるどちらとも言えない鼓動の音に、キョーコはこれ以上ない安堵を覚えた。









ずっとこのままでも良いと思えるほどに……









「最上さん。」
「はい?」









抱きしめていた腕を少しだけ緩めて、キョーコの顔を覗き込む蓮。
キョーコも、頭上にある蓮の顔を見上げるようにして覗き込んだ。









「今日は、ありがとう。」









柔らかい黒曜石の瞳に応えるように、キョーコは本日一番の微笑を零した。









「……私の方こそ、こんな素敵なクリスマスを………ありがとうございます。」



















蓮の右腕の腕時計の針は、12の数字を指しそのまま過ぎた。



















素敵な魔法をかけられたお姫様は、12時を告げる時計と共にその場を立ち去らなければならない。



















恋した王子を残し、










綺麗なガラスの靴を片方残し、









それが、一夜限りのとっておきの魔法をかけてもらったお姫様へのたったひとつの約束。









キョーコが一番好きで、幼い頃から憧れていた“シンデレラ”のお話。



















けれども、現実のお姫様は、今もまだ王子様の腕の中に……









お決まりの12時が過ぎても










かけられた魔法は解けることなく










ガラスの靴の代わりに、輝きを放つネックレスを首にかけて









神様からのプレゼントが降り注ぐ、この天然の宝石の中で



















いつまでも



















いつまでも






















Fin 





















******************************************************

【あとがき】



最終話です。
無駄に長かった間が否めません。
でも、年内に終われてよかった…
次の連載は何にしようかな?

とりあえず2007年も終わりデス!
皆様もよいお年をお過ごしください!!






作成 2007/12/31
更新 2007/12/31 22:48




******************************************************

戻る Galleryに戻る Homeに戻る
ページTOP