[教育指導シリーズ] - Last Guidance-

【罪と罰】(前編)




















「君は本当に懲りないコだね?」









にっこり紳士スマイルを浮かべた長身の男は、少女の両腕をしっかり壁に縫いつけた。









「わ、わた、私は…っ、な、なにか…」









既に寸前に迫っている男の顔から必死に逃れようと、掴まれた腕を動かそうと無駄な努力を試みるのは、明るい栗色の髪をした少女。









「分かってない時点でアウトだね。………最上さん、これで何度目かな?」
「つつ、つ、敦賀さんっ!わ、私は今回はちゃんと!!」









キョーコは、かなり必死に腕を動かしているつもりなのだが、逃れるどころかピクリとも動かない。
客観的に見れば、かなり爽やかな笑顔を浮かべているので、キョーコの腕を押さえる力はそんなに入っていなさそう見えるのだが、そこは男女の力の差なのだろう。









「敦賀さんっ!後生ですっ!!は、離して下さい!!」
「無理。却下」









涙交じりでの訴えも、紳士スマイルを浮かべた蓮には、まったく通じない。
キョーコとて同じような状況に堕ちたことは幾度となく遭ったのだから、いい加減に気が付いても良いはずだ。

決して頭の悪いコではないのだが、一部の思考回路が著しく損傷している為、これから先もしばらくは気が付くことはないだろう。










そして、気が付かない限り、このような状況に陥ることになる。









「君はあまりにも無防備すぎるよ?何度も言ってるだろう?」
「だから、一体私のどこが無防備なんですかっ!?ちゃんと逃げようとしましたよっ!!」









この押し問答も幾度となく繰り返されてきた。
しかし、蓮が何度諭しても、キョーコは理解ができないらしい。









蓮からすれば、そろそろいい加減にして欲しい、いい加減に理解をして欲しいと思っている。
理解をすることが、彼女にとって、かなり難しい問題だと分かってはいても。









キョーコはつい先程までの出来事を思い出す。





























          *





























今日は、LME事務所で延々とデスクワークに励んでいた。
デスクワークというと、聞こえは良いかもしれないが、結局は雑務である。
もっと詳しく説明するなら、ラブミー部員としての仕事だった。









月初の今時分は、かなり忙しい。
普通の会社も忙しいだろうが、いくら芸能プロダクションとて例外ではない。会社組織であることに違いはないのだ。









今日のキョーコには、特にこれといった予定がなかった。
これが昨日ならばドラマの撮影があったのだが、運が良いのか悪いのか、丸一日仕事のスケジュールはなかった。









はじめは、高校に行こうとキョーコは思っていた。
だから制服を着て、そのまま下宿先のだるまやを出た。
だるまやを出て間もなく、持っていた携帯がけたたましく鳴った。

それはもちろん、ラブミー部への仕事依頼を告げる電話だった。









久しぶりの登校を諦め、渋々ながら事務所を覗くと、そこは戦火中を思わせるほどの騒々しさだった。
スタッフ一同が、右往左往しながら忙しそうに何かをしている。










キョーコの姿を見るなり「よく来た!!!」と腕を掴まれ、そのまま雑用の数々を押し付けられたのだ。

一度目にしたら焼きついて離れられないだろう、呪いのピンクツナギを着用する時間はなかった。
なので、高校の制服を纏ったまま仕事に従事していた。









今思い返せば、それが原因だった。
時間がなかろうが何だろうが、無理をしてでも、ピンクツナギを着ておけば良かったのだ。









任された怒涛の量の仕事を終え、時計を見れば既に夕刻だった。
依頼主であるスタッフから、一時間の休憩を貰い、キョーコは一度ラブミー部の部室に戻ろうと作業場を出た。









「こんにちは」









肩を軽く叩かれたキョーコが振り返ると、先程の声の主であろう年若い男の姿があった。
しかし、その姿に覚えはない。
一体誰なのだろうかと首を捻るキョーコは、少し動揺した声をあげた。









「えっと…」









困惑しているキョーコを見た男は、少し苦笑交じりの笑顔を浮かべた。









「俺の名前はケイ。まだこの業界に入ったばかりのココの新人だよ」
「は、はぁ…」









にっこりと笑顔を浮かべる男は、どうやらキョーコとそう年が変わらないようだ。
赤い髪と耳には無数のピアス。
上から三つまで開けっ放しの黒いシャツに、チェーンが巻きついている黒い細身のパンツを着用している。
指や腕や首などは、どこかの誰かを彷彿させるような、シルバーのアクセサリーで飾られていた。









(…なんかショータローみたいな格好してるけど…音楽関係のヒトなのかしら?)









とりあえず自分が所属しているタレント部には、こんな人間はいないし、入ってきたという情報もない。
見た目で判断してはまずいのだろうが、まさか俳優部でもないだろう。
見るからにミュージシャン。おそらくはヴィジュアル系なのだろう。
尚やレイノといった連中と同じ匂いを、キョーコは肌で感じ取った。









「ようやく話ができるね。何度か事務所内で見かけてはいたんだけど、なかなかチャンスに恵まれなくて」
「あの…一体何のことです?」









自分よりも後に入った新人だったのだが、実年齢はおそらく二つ三つ上だろう、ケイという男に少し低姿勢で尋ねた。









「今一番LMEで注目されている新人が君だと聞いてさ。一体どんなコ何だろうと思ってたワケさ」
「はぁ…」

「ようやく事務所で見つけても、君の周りにはいつも誰かが居て、声をかけられなかったんだよ。
 いつも髪の長い美人のコと一緒にいるだろう?」

「え…?」









(それって、モー子さんの事かしら?)









「その美人がえらい剣幕で俺を睨むからさー、声をかけたくてもかけられなかったんだよねぇ」









全く身に覚えもなければ、奏江からも一言も聞いていなかったので、キョーコは首を傾げるしかなかった。









「その美人が居ない時は、別の美人が現れるしさぁー。
 そのヒトも何か知らないけど牽制してくるから、ますますタイミングを逸して…」









男は苦労したとばかりに深く溜息をつく。









(…美人って?……誰のこと?)









LMEには沢山の人間がいる。奏江以外にも美人は沢山いる。
しかし、一体誰を指しているのだろうか?
奏江以外の美人女性と言われても思い浮かぶ人物は数多居るが、ちょっと心当りがない。









「ま、でも、今日は邪魔するヒトはいないみたいだし?」









ケイは、真っ直ぐにキョーコを見つめた。









「実物見て思ったけど、君けっこう俺の好みなんだよね。結構可愛いし。磨けば光りそうっていうか」
「はぁっ!?」









予想外のケイの言葉に、キョーコは素っ頓狂な声をあげた。









「ね、京子ちゃん。良かったら俺と付き合わない?退屈はさせないよ?」
「こ、こ、こ、困りますっ!!急に、そ、そんな事言われてもっ!!」

「そう言わないでさ。モノは試しって言うでしょ?」
「だから困りますっ!遠慮しますっ!」









一歩一歩確実に近づいてくるケイから逃げるように、キョーコは後ずさりをする。
だが、ケイもキョーコが下がった分だけ、また距離を詰める。









(ちょ、ちょっとヤダ…っ。何なのよっ!一体っ!?)









「そんなに警戒しないでよ?別に取って食おうなんて思ってないからさ」
「な、なら何で距離を詰めてくるんですかっ?」

「女性には必要以上にフェミニストなの。俺は」









にっこり営業スマイルでさらりと答えられ、キョーコは肩の力が抜けたようにガックリとした。









「ね。ちょっと話でもしようよ?」
「あ…、いえ…遠慮…」

「ほら、立ち話じゃ疲れるからこっちで!」
「ちょっと!離してくださいっ!」









キョーコは拒否の色を見せたのだが、ケイはそんな事はお構いなしに、キョーコの腕を掴んですぐ隣にある会議室に連れ込んだ。

会議室の椅子に座らせられたキョーコは、どうしたら良いものかと辺りを見回す。
それほど広くない会議室で、知らない男と二人きり。この状況はあまりよろしくない。









(そう言えば、前に敦賀さんに言われたっけ……
 『知らない男と二人にならないこと。君はヒトを疑うことを知るべきだ。』って……)









もし今の状況を知られたら、きっとまた怒られるだろう。
そして、恐ろしい状況に追い詰められることは必至だった。









(そ、そ、そうよっ!こんなところを敦賀さんに見られでもしたら一大事よっ!!!)









その状況を想像したキョーコは、一気に青ざめて席を勢いよく立った。









「ケイさん!すみませんが、所用があるのでこれで失礼しますっ!」









そして一直線に開けっ放しだったドアに向かって歩き出す。
だが、あと数歩でドア。というところで、強い力で腕を掴まれてしまった。









「ちょっと!何するんですかっ!?離してくださいっ!」
「離したら逃げるんでしょ?悪いけど、そうはさせないよ?」









ショータローより頭ひとつ分は小さく、細身の体型だと言うのに、掴まれた腕はビクともしない。
どんなに華奢に見えても相手は男なのだと理解すると、キョーコの顔はますます青ざめる。









「制服姿って……そそるよね?…いつものピンクツナギよりよっぽどイイよ?」









先程まで浮かべていた、人懐っこい営業スマイルがケイから消える。
ケイの顔に残ったのは、怪しげな男の笑いだった。
自分を舐めるような視線で見るケイに、キョーコは身の毛をよだらせた。

これ以上、この男と二人でいるのは危険だと本能で悟ったキョーコは、これ以上ないくらいの大きな声をあげて力いっぱい腕を振った。









「ほんとっ…、いい加減………離してっ!!!!!」









予想以上の大きな声に、一瞬戸惑いを見せたケイの隙をキョーコは見逃さなかった。
力が緩んだ腕を振り払い、会議室から飛び出した。









「……なっ」









呆気に取られたケイも、尽かさずキョーコを追い会議室を飛び出したのと同時に、その細い腕を掴んだ。









「逃げるなんて非道いな」
「離してよっ!!!」









先程より強い力で掴まれた腕は、今度は動かすことさえできなかったが、キョーコは力に負けまいと鋭利な瞳でケイを睨みつけた。









「へぇ〜。流石はDARKMOONの未緒を演じただけあるね。その瞳イイなぁ〜」









(何コイツ!?やっぱりちょっと変!?何かアイツみたいっ!!?)









アイツとは、ビーグル…もといビー・グールのレイノのことだ。
キョーコに異常に執着し、どこに居ても何かセンサーがついているのか、確実に獲物を追い詰める。
憎悪の結晶である怨キョも全く通用しない人間、いや、キョーコ曰く『魔界人=モンスター』である。

キョーコはケイから、あのレイノと同じ匂いを感じた。









(ま、まさかコイツも魔界人!?)









正直、レイノのような常軌を逸している人間が、このようにホイホイ居ては困る。
しかし、キョーコの脳内回路は捩れよじれ。ある意味では常軌を逸している思考の持ち主だ。
なので、今回のキョーコのケイに対する分析に文句はつけないでおこうと思う。









「今度は逃がさないよ?大人しくすれば手荒な真似はしないからさ」
「冗談じゃないわよっ!離してよっ!」









力を篭めて懸命に腕を振り払おうとするが、どうしても外せない。
焦るキョーコとは対象的に、ケイは余裕の笑みを浮かべているので、キョーコの心は乱れるばかりだった。









「手荒な真似はしたくないのに……仕方ないなぁ……」









溜息交じりの声をあげ、ケイはキョーコの腕を掴んでいる右手を思いっきり引っ張った。









「痛っ…」









なんの予兆もなく捻り上げるように引っ張られた右腕に痛みが走り、キョーコはその苦痛に顔を歪ませた。
キョーコの身体は、ケイに密着するように引き寄せられていた。
反射的に、その身体から身を離そうと捩るが、がっちりと押さえられて身動きが取れない。









「あー、その顔もイイかも。次はどんな顔して貰おうかな?」









乾いた空気に、ケイの軽い笑い声だけが響いた。
背に冷たい汗が流れるのを感じたキョーコは、自分の置かれた状況の非情さに漸く気がついた。









「そろそろ観念して?」
「……っ…」









にっこりと笑顔を浮かべるケイ。
その笑顔がどうしようもなく恐ろしいと感じたキョーコは、段々と近づくその顔から視線を逸らすように瞳をきつく閉じた。









「………」









「……?」









来るであろう衝撃に備えて、キョーコは唇を噛み締めてのだが、いつまで経ってもそれは来なかった。
恐る恐る瞳をあげると、驚愕に歪んだケイの顔があった。










ケイの肩に食い込む程に、掴んでいる大きな手がある。
その手をゆっくり追い、手の持ち主を確認すると、キョーコは安堵の笑顔を浮かべた。









「敦賀…さん…」









キョーコの安堵も一瞬だった。
何故なら、蓮が見たこともないほど険しい瞳でケイを見ていたからだ。










そう、蓮はただケイを見ていた。
研ぎ澄まされた鋭利な刃のような冷たい瞳で、頭ふたつ分は低いケイを見ていた。じっと深く刺し込むように。









キョーコの腕を掴んでいたケイの手が震えている。










それは、圧倒的な威圧感からくる恐怖。
悲鳴を出すことさえ許さない、そんな窒息しそうな空気を孕んでいた。









ケイの手から開放されたキョーコは、よろめくように一歩下がる。
すると、今度は蓮に肩を掴まれて、そのまま胸に抱かれた。









背に感じる蓮の体温が、キョーコに安堵を与えた。
だが、今は見ることが適わない頭上にあるだろう蓮の表情を思うと、心が凍るようだった。









『あの人は、瞳だけで…人を殺せる』









それが今、キョーコの目の前で体現されているのだ。









「……いつもよりも……激しい瞳で…睨むんですね…?」









絶え絶えとした言葉を吐き出すケイは、今にも途切れそうな意識で蓮と対峙する。









「……美人に睨まれるのは、キライじゃないけど……アンタのは激し過ぎる……」









(さっき言ってた“美人”ってもしかして、敦賀さんのことっ!!?)









「そんなに…そのコが大事なワケ?……天下の敦賀蓮ともあろうものが…?」









皮肉が篭ったケイの挑発に、蓮は少しだけ眉を顰め、そして常よりも低く冷めた声で応える。









「君には、関係のないことだ」

「……俺をどうするつもり?」
「別に、どうもしないよ。…ただし、二度と彼女に近づかないと誓えるならば……だ」









ケイは両手を上げて、その場から散歩下がった。それは降参の合図だった。









「OK…誓うよ。アンタを敵に回すほど俺はバカじゃないんでね」









そしてそのまま、ケイは背を向けるとゆっくりとその場から立ち去った。
ケイの背中が漸く見えなるのを確認すると、蓮は胸に抱いていたキョーコを開放した。









「大丈夫?」
「あ……はい。…そ、その…ありがとうございます」









深々と頭を下げ、キョーコはゆっくり蓮の顔を見上げた。
先程までの剣呑な瞳は消えていた。消えていたのだが……









「また、俺が言った事を守らなかったね?」









………………眩い程に輝いた、紳士的な笑顔が宿っていた。




























Next→ 罪と罰 後編






































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【あとがき】




【教育指導シリーズ】


最終話……といっても長くなってしまい前後編でお送りします!
とりあえずオリキャラ。
オリキャラってあんまり好きじゃないんですが
ご勘弁ください!!


とりあえず前編終了!
次は後編をあげられるとイイナ…







作成 2008/01/19
更新 2008/02/28 22:13



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