とあるマンションの一室。
リビングで繰り広げられているのは、何てことはない遣り取り。









「……そんなにじっと見られていると気が散るんですけど」
「気にしないで」









「だから気になるんですってば!」
「だから気にしないでいいよ」









「また人の話聞いてませんね」
「聞いてるよ。見られていると気が散るんだろう?」









「聞いているなら、じっと見ないでくださいよっ!」
「君が気が散るって言うから見てるんだけどね」









まぁ、あくまで客観的に見た場合なのだが……





















〜似非紳士と天然少女シリーズ〜

【それは仕方がないこと】





















洒落たガラステーブルの上でノートと教科書を広げていた少女は、バンと両手でテーブルを叩き、真向かいに座っている青年を恨みがましい瞳で睨みつけた。









「人の嫌がることはしちゃいけませんって、小さい頃習いませんでした!?」
「さぁ、どうだったろう?」









少女の怒りも全く意に介さない青年は、しれっとした調子で答える。
この態度が少女の怒りという火に油を注ぐことになるのだが、青年はソレさえも楽しんでいるらしい。
なぜなら、青年はこれ上ないくらいに楽しそうな顔をしていたから。









「明日テストなんです!英語の!なので、私は勉強しなきゃならないんです!お分かりですか!?」
「もちろん」









怒りの少女とは対照的に、青年はにっこりと優しそうな笑顔を惜しみもなく浮かべる。
だが、それも少女の怒りを煽るらしく、少女の容貌はますます険を帯びてきた。









「最近、英語の授業受けられなくて結構遅れちゃってて、だからテストはしっかり受けなきゃならないんです!」
「そうだね」









少女のこめかみが僅かに動き、青筋が一本立つ。









「もう一度言いますよ!?テストは明日なんです!これからみっちり勉強しなきゃならないんです!」
「大変だね」









更に一本青筋が浮かび









「いい加減お眠りになったらどうです?明日も早いのでしょう!?」
「君こそ女性なんだから、早く寝た方がいいんじゃない?肌荒れるよ?」









口元がひくひくと引き攣り









「今、この文を訳すのに忙しいんです私は!だから邪魔しないで下さいっ!!」
「あぁ、その行はね“彼がいつものように挨拶をすると、彼女は伏せていた顔をあげて驚いたように目を丸くした”だよ」

「え、そうなんですか?……えぇーと“彼がいつものように”……」
「それから次は“教室がしんと静まり、誰一人として声を発する者はいなかった”だね」

「え?“教室が”……」
「そうそう。それから」









それから十数分、言い争いをしていた筈の(……まぁ一方的にだったが)二人はなぜか仲良く英語の翻訳に努めた。
それこそテスト範囲とされていたページが終わるまで、青年が口頭で訳をいい、少女がそれを云々と頷きながらノートに取っていくという、息もぴったりのナイスコンビネーションで。









そう、端から見ていれば微笑ましい光景だった。
先輩後輩の仲とはいえ、見ていて和やかというか、温かいというか……









だが、全ての訳が終わった瞬間、少女は弾かれたように顔をあげた。
一生懸命に取っていたノートから。









「あぁあああああっ!!!何やってんのっ!?何やってるのよっ!私はっ!!」
「テスト勉強でしょ?思ったより早く終わったね」









絶叫する少女を労うように、青年は温かいココアを注いだカップを少女の目の前に置く。









「はい、最上さん。どうぞ」
「あ、ありがとうございます。確かに早く終わりましたけど、そういうことじゃありません!
 これ全部、敦賀さんが訳したのを書いただけなんですよ!私!」
「いいじゃないか、こうして早く終わったんだから。根つめてやったっていいコトはないだろう?」
「…………まぁ、確かにそうなんですけど……」









高校への編入試験の前日のことを少女……キョーコは、ふいに思い出す。
そう、あの時もこの場所で自分は勉強をしていた。
幼い頃から刷り込まれてきた“百点満点”を目指して。
強迫観念まがいなその呪縛から解き放ってくれたのは、他の誰でもない、今、目の前にいる先輩だった。









「それに、君が訳していたところも完璧だから大丈夫だよ。
 辞書もなしに凄いね、流石は編入試験で満点を取っただけあるよね」
「い、いえ、そんなことは……」









ぼにょぼにょと尻すぼみに小さくなっていくキョーコの声を、僅かに苦笑しながら見つめる蓮は、キョーコの隣へゆっくりと腰を落ち着けた。









「それにしても、敦賀さんって英語得意なんですね。あんなにスラスラ訳すものだから驚きました」
「あー……・・・まぁ、仕事で海外行く事も多いからね。日常に支障がない程度なら、一応」









さすがですね、と素直に受け取るキョーコに、蓮はふぅっと小さな息を吐いた。










無理もない。
まさか、“英語”が“母国語”とは、正体を隠している身として言えるはずもないのだから。









「でも、君も日常に支障がない程度には話せるんだろう?
 ほら、あのクー・ヒズリとも最初は英語で会話してたとかって聞いてるよ」
「小さい頃から色々と習わされていたので……でも、本当に嗜み程度ですよ」









そう答えながら、キョーコは蓮が用意してくれたココアに口をつけ、部屋に飾られてある時計に目をやる。









「あ……、もうこんな時間ですね。敦賀さん、本当にそろそろ寝た方がいいですよ?
 最近ずっと寝不足気味みたいですし……」
「あぁ、そうだね」









そしてキョーコは、テーブルに散らかしたノートや教科書を片付けだし、お気に入りのトートバックに詰め込み、ジャケットを手に取った。









「何してるのかな?君は」
「何って帰り支度ですよ。今の時間なら辛うじて電車ありますから」

「泊まっていけば良いのに。元々最初はそういう話だったろう?」
「いや、まぁそうなんですけど、独身男性の部屋に泊まるのもどうかと思いまして」

「何を今更……。君これまでにココに何回泊まったっけ?」
「ちょっと待って下さいっ!!泊まったんじゃなくて、大半は貴方が無理矢理泊まらせたんじゃないですか!?
 何だかんだと理由をつけて!」









そうだっけと言わんばかりの素っ呆けた表情を浮かべつつ、キョーコが帰れないようにさり気なく道を塞ぐ蓮。









「そこにいらっしゃられると通れないんですけど」
「……まず、帰すつもりがないし」

「馬鹿なことおっしゃってないで、さっさと退いて下さいっ!!」
「だから、帰すつもりないって言ってるでしょ?」









再び始まった押し問答。
二人にとっては常の遣り取りなのだが、もしここに第三者がいるとしたら、とんでもない内容の言い争いだろう。
残念なことに第三者はいないので、このとんでもない内容が外に漏洩する事はない。









「明日は学校なんですっ!帰れないと困ります!」
「大丈夫。君は制服を着ているし、朝は学校まで送ってあげるから」

「何が大丈夫なもんですか!?もう本当に意地悪ですね、敦賀さんはっ!!」
「こんな夜遅くに一人で帰せない。でも今日は送っていかないよ。さっき俺が飲んでたものに少しブランデー入ってたから。
 飲酒運転は流石に出来ないからね」

「飲酒運転なんてさせません!ちゃんと自分で帰ります!だから退いて下さい!」
「だから退かないって言ってるだろう?全く強情だな……」









貴方が強引なんです!!、とキョーコの甲高い声が響くが、完全に戦闘体制に入った眼前の男には全く通じず、蓮は眉ひとつ動かさない。









「毎度の事ながら、本当に強情だよね、最上さんは」
「はぁ、はぁ…っ……そう言う敦賀さんこそ相変わらず強引ですねっ!今日こそ負けませんけど!」









片や涼しげな顔の青年、片や滲んだ汗と切れる息で肩を上下させている少女。
この時点で勝負は見えていた。










見えていたのだが、並外れた根性を持つキョーコがこのくらいでは引くわけがなく、またそれを蓮はよく理解していた。
よく理解していたからこそ、彼は彼女が絶対に動けない手段を有している。









「そこまで言うなら仕方ないな」
「え……?」









キョーコの顔が途端に明るくなる。
何度も同じ目に遭っている割に、この辺りをなぜか学習しない。
だからこそ、今宵もこの手段が使われることになる。









「明日、朝御飯作ってくれる?君が作ってくれたらちゃんと食事するよ」
「なっ!!!」









キョーコは蓮の食事事情を人一倍心配していた。
その心配につけこんだ卑劣な手段、と言えるだろうが、これも仕方がない。









「毎回毎回、卑怯ですよ〜〜〜〜〜っ!!!」
「よろしくね」









にっこり紳士スマイル(似非紳士)をお見舞いして蓮は満足そうに頷く。
どうやら毎回これでお泊りが確定しているらしいが、結局今夜も同じ手段で彼の思うままになるキョーコ。









哀れで可哀想だが、まぁ仕方がない。









そう、これはいつものこと









仕方がないこと
































To Be Contined...?





















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【あとがき】




【似非紳士と天然少女】シリーズ


三本目ですw今回は別のお話ですv
微妙に続きますv続くんですvv


卑怯極まりない帝王に喝采を!(って根性悪すぎですよね、すみません……)
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作成 2008/04/17
更新 2008/06/24 19:30



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