ひらりと舞い落ちる春の花










薄く淡い色のそれは、ひらりひらりと緩やかな風に乗って、舞うように散っていく









ひらりひらりと









春の雪の色は薄紅色






























【願わくば 花の下にて】




















うららかな昼下がり。
緑と薄紅に彩られた風景はまさに絶景という名に相応しく、見るものの心を奪いながらも、その心を癒すようなそんな不思議な魅力に溢れていた。









「やっぱり春だと景色が違いますね」
「そうだね」









頭二つ分以上の差がある二つの影が木陰からすっと伸びた。
二人は歩を合わせながら、眼前に広がる景色を存分に楽しんでいるようだ。









「敦賀さん。約束……ちゃんと覚えててくださったんですね?」
「まぁ、俺から言い出したことだしね。最上さんこそ覚えててくれて良かった」









以前、ドラマのロケで訪れたこの素敵な場所。
当時は冬で、緑はあったものの花は一輪たりとも咲いていなかったこの地。
この場所を見つけ出したのはキョーコであり、キョーコはひとりでこの景色を楽しむのは勿体無いと思い、丁度撮影の待ち時間だった蓮を連れてこの地を堪能した。









もっとも、連れ出したその張本人であるキョーコは途中で眠ってしまったのだが……









「まだちょっと早いかとも思ったんだけど、丁度良かったみたいだね」
「はい!今年の冬は比較的暖かかったですから!」









あちこちに植えてある木は何の木なのだろうかと、キョーコはあの時思ったのだが、それはこの薄紅色の桜だった。









「敦賀さん、敦賀さん。あっち座りましょう?前に座ったあそこ」









キョーコは歩調合わせてくれている隣の蓮の左手を引いて、以前この地を訪れた際に、腰を落ち着けた大樹を指差した。









陽射しも風も春という名に相応しく、穏やかで温かい今時分。
優しい太陽の光が薄紅色の花弁に反射し、キラキラと煌いている様は、まるで細雪のよう。
温かな風にのってふわりと流れる様は、粉雪そのものだとキョーコは目の前で展開されている絶景を楽しみつつ、満足そうに微笑んだ。

ぐいぐいと力任せに蓮の手を引くキョーコは只管真っ直ぐに大樹に目指し、手を引かれている蓮もそれを厭うこともなく穏やかな表情を浮かべたまま、誘われるままにキョーコに歩を合わせた。









「………空気がおいしい」









辿りついた大樹の根元にドサリと腰を据え、キョーコは肺いっぱいに清涼な空気を吸い込んだ。
蓮はそんな如何にも楽しそうなキョーコの表情を終始穏やかな眼差しで見つめ、更に深い笑みを浮かべていた。









「嬉しそうだね?」
「はい。ホントに気持ちよくて」









両手をぐいっと伸ばして、包み込むような暖かさを与えてくれている太陽に手をかざし、キョーコは隣に座り込んだ蓮に笑顔を見せた。
互いに微笑み合うと、どちらともなく視線を外し、眼前に広がる春の景色を見つめる。

さらさらと流れる風は少しだけ冷たいのだが、それに寒さを感じる間もないほど、キョーコは舞い散る桜の花びらや蝶を存分に楽しんでいた。
にこにこと見ている側まで幸せになれるような微笑を視界の端で捉えた蓮は、クスリと微笑を漏らす。それはもちろん、すっかりメルヘンの世界の民となったキョーコに向けた笑みであり、今の彼女の瞳には、可愛らしい桜や蝶の妖精が見えているのだろうと蓮は思うのだった。

だが、キョーコは幸せそうな表情から一変して少し切なげに眉を寄せた。









「どうした?」
「え、あ……いえ……何でもないです」









明らかに何でもないと言った雰囲気ではないと感じた蓮は、もう一度キョーコの顔を覗きこみながら尋ねた。









「どうしたの?急に難しい顔をしちゃって」
「あ、えっと……大した事じゃないんですけど……」









右の額の上辺りを指先で掻きながら、キョーコは遠慮がちに言葉を続けた。









「先日学校の古典の授業で習った歌があるんです」
「歌?どんな?」









問いかける蓮の顔をちらりと一目見て、キョーコは少しだけ苦く笑うと頭上の桜を見上げ目を瞑った。









『 願わくば 花の下にて 春死なん この如月の 望月の頃 』









ゆるやかな風のようにふんわりと詠いあげ、キョーコはふぅっと息をついて再び蓮を見つめた。









「という歌なんですけど……」
「あぁ、それなら知ってる。西行法師の歌だね」
「あ、ご存知だったんですね」
「まぁ、俺は日本文学には大分疎いけど、それは前に仕事先で聞いたことがあったから」









キョーコは成程と何度か頷き、目の前をひらひらと舞う桜を視界におさめ、そして再び口を開いた。









「敦賀さんは、この歌どう思われます?」









幼さが僅かに残る声が蓮の耳に自然に届き、その真意を問うような瞳をキョーコに投げると、キョーコはどこか物悲しそうな顔をした。
この句は決して明るい内容の歌ではないことは蓮も承知していた。
キョーコのその悲しげな顔は、この句の意味するところを指しているのだろう、と直感的に思った蓮は、立てていた右膝に肘を置いて花弁が舞い落ちる木の上に目を向けた。









「う〜ん……彼の様に一人なら、思うかもしれない。けど……」
「けど?」









途中途切れた言葉の先を催促するようにキョーコが反芻すると、蓮は視線は桜の木に向けたままで、静かに続けた。









「……愛しい人と一緒なら、違うかもしれない」









それはどこまでも優しくゆるやかな声。
嘘や偽りのない済んだ低い声が響き、キョーコは思わず息を呑んだ。
そして蓮はすっと視線をキョーコに向けた。









「……その愛しい人の顔を見ていたい」









その瞬間、一陣の春の風が上空に向かって吹き上げ、ひらりと散る桜の花弁が一斉に舞い上がる。
同時に、蓮の黒茶髪も強い風に晒され、まるで生き物のように舞い、いつも髪で僅かに隠れていた表情が顕になる。









「……っ…」









これが本当に自分がよく知る“先輩”なのだろうか、とキョーコは言葉にならない声をあげた。
慈しみに満ちた優しい瞳なのに、身震いがするほどに厳かな色気を含んだ悠然としたその姿。

吹き上げられた花弁がひらりと再び地にその姿を落とすその様を僅かに捉えながらも、キョーコはそんな蓮の瞳から視線を外せずにいた。










あまりに優しくて、あまりに強くて、あまりに美しいその瞳。

ああ、“美しい”って彼みたいな人のことを言うのね

と無意識に思いながら、キョーコはその瞳が“自分に向けられている”ということを知らなかった。










物理的に“見られている”と思っても、まさか自分の為だけに“向けられている”なんて、それこそ桜の花弁一片ほども思っていない。

だからこそ蓮は、それが誰よりもよく分かっていたからこそ、更にふんわりと優しく微笑んだ。









「……かな?…………俺なら」
「え?」









一瞬何を言っているのか理解できなかったのだろう。
キョーコは瞳をぱちくりとしながら、驚いたような表情で再び固まり、そして一気に真っ赤になった。









「つ、敦賀さんっ!あ、貴方って人はどんな脳の構造しているんですかっ!?よくもまぁそんな恥ずかしいことをさらりとっ!!!」
「君が俺に聞いたんだろう?」









くすくす、とまるでキョーコの反応を楽しむように笑うので、キョーコの頭の血は更に上り、耳まで真っ赤になり、最早恥ずかしいのか怒っているのかが分からない状態になってしまった。しかし、それを戻してやるのもまたこの蓮なのだ。蓮は、キョーコを落ち着かせるように柔らかくそっと声をかける。









「君はどうなの?」
「え?」
「だから、君はどう思ってる?この歌のこと……いや、違うか。……君ならどうしたい?」









かつての偉人は、“自分が死ぬのであれば、満開の桜の下が良い”と詠った
尊敬する先輩は、“愛しい人と一緒なら、違うかもしれない。その愛しい人の顔を見ていたい”と言った









キョーコはそんな図式を頭に並べながら、さて自分はと頭を捻る。
うんうんと唸っているのは蓮の空耳ではなく、キョーコはかなり本気で悩んでいたのだが、そんな様子がまたおかしくないわけで、例外なく蓮はキョーコに気づかれない程度に小さく笑った。
あまりに真っ直ぐで純粋なキョーコを愛おしいとでも思っているのだろう、笑いながらもその顔はどこまでも慈しみに満ち綻んでいた。









「……自分から振っておいて何ですけど、……難しいですね、う〜ん……」









いい加減蓮を待たせるのも気が引けたのだろう、考えるのを止めたというワケではなさそうだが、キョーコはそんな言葉を零す。









「そうかな?そんなに難しい?」
「はい。ちょっと私には西行法師の意見も敦賀さんの意見も難しくて……」









確かに桜は綺麗で憧れるけど、たった一人きりの孤独死はやっぱり寂しいし、だからと言って、とぶつぶつと呟くキョーコ。









「……私はもう二度と恋をしないって決めたんだから、愛しい人っていうのも難しいし」









そんなキョーコの言葉に、この様子だと当面ラブミー部は卒業できないな、と蓮は大きく溜息を吐きながら、まだ悶々と悩み続けている可愛い後輩の様子をじっと見守る。









「あ〜〜〜もうっ!一人は嫌だけど、恋はしないんだから恋人ってワケにもいかないし、
 つまるところ結婚もしないんだから家族ともいえないしっ!!やっぱりモー子さんかしら??
 でも、モー子さんには家族ができているかもしれないし、っていうか先に死ぬとかふざけないでって言われそうっ!」









段々悩みが深みに入りつつある後輩のその様子に、そろそろ彼女の気持ちを落ち着かせるべきかと考えたのだろう先輩俳優は、うーっと獲物を狙った肉食獣のように牙を立てて身を震わすキョーコの頭にぽんっと手を乗せた。









「え?な、なんです?」
「悩みすぎ」
「うっ」









弁解の余地もない自分の醜態を尊敬する先輩に晒していたことを改めて知ったキョーコは、今度は羞恥で身を強張らせた。
そしてぽんぽんとキョーコの頭を撫でた蓮は、ふるふると気恥ずかしそうに上目遣いで見上げるキョーコに向かって微笑んだ。









「一人が嫌で、最後に傍にいて欲しい愛しい人がいないって言うなら、俺がそばについていてあげる」
「え?」









条件反射で声を出したキョーコだったが、蓮の言葉の意味が理解していないのか、首を大きく傾けた。









「あぁ、でも君が先に逝くなんて冗談じゃないな。年の順番で言うなら俺が先だね」









そんな悪い冗談は止めて欲しいとばかりに頷いた蓮は、キョーコ命名のとっておきの神々スマイルを浮かべ、キョーコの耳元に唇を寄せた。









「だから、最後の時は………君が俺の傍にいてね?」
「な、何を言って……!」









真っ赤になって焦るキョーコの耳元から唇を離し、蓮はもう一度優しい笑顔を浮かべた。









「愛しい人の顔を見ていたい……って俺は言った筈だけど?」









春の日差しのような雰囲気の青年は、そのまま可憐な桜のような少女の右手をそっと握った。









二人の間をひらりと桜が舞い落ちる









そんなある日の昼下がり









願わくば、花の下にて









寄り添う二人に









幸あらんことを






























Fin
























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【あとがき】


40000HITリクエスト小説となります。
いや、40000なんていつの話だよと突っ込まれるかと思いますが(汗)







実は、【真っ赤な顔を君に見られたくなくて】の続編でもあります。
元々続編は書くつもりだったんです。春バージョンを。







リクを下さったのは夜野黒猫様です。
本当に遅くなり申し訳ございませんでした。
完全に季節はずれになってしまいました……







何とか西行法師の歌をテーマに蓮×キョーコを書かせていただきました。
シチュエーションもリクエストを反映させたつもりですが、
いかがでしょうか?色々と心配です。

煮るなり焼くなり捨てるなりご自由にして下さい!
西行法師の歌の解釈ですが、如月の部分が反映されていないのはわざとです。
すみません(><)
また、作中で“最後”という感じを使っていますが、正しくは“最期”ですよね。
命の終わりとかを直接的に表現したくなくて、あえて“最後”を使わせて頂きました。
賛否両論あるかと思いますが、ご了承ください。







お持ち帰りは黒猫様のみです。
黒猫様。何かございましたらご連絡ください!

リクエストどうもありがとうございました!













 

作成日 2008/05/26 13:19
更新日 2008/05/27 20:57
改訂日 2008/06/02 01:02(あとがき修正)




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