【賽は投げられた】


「見・・・・・・見ちゃったっ・・・・・・ど、どうしよ〜〜〜〜〜」






今、私はとんでもない光景を見てしまった。
とんでもない、という程ではないのだろうけど、確かに遥か大昔にもこういった現場にはよく居合わせたけれど、過去のそれらとは明らかには次元が違う。






今、私は仕事の為に訪れたとある局の廊下の物陰に隠れています。
何で隠れているのかって?出来れば聞いて欲しくなかったのだけど、仕方がないから説明するわ。






私は廊下をひとり歩いていたところ、丁度前方に尊敬してやまない先輩の後ろ姿を見つけたの。
先輩の名前?それは皆様ご存知の芸能界ナンバーワン俳優。私と同じ事務所である彼、敦賀蓮さん。






最初はね、挨拶しようかどうか迷ったのよ。だって、一昨日だったかしら?LMEの事務所でばったり出くわしたんだけど、例の如く“イビリプレイ”に遭ったものだから、何となく今日もからかわれるような気がして、本当にギリギリまで迷ったんだけど、でも、もし見かけたのに声を掛けないという“不貞”をはたらいて、万が一それがバレたりしたら、その後の方が数万倍怖い。だから、勇気を振り絞って声を掛けようとしたの。相変わらずその長いコンパスでさっさか歩くから中々追いつけなくて、何とか頑張ってここまで来たのはいいのだけど、そしたら見てはいけないものを見てしまったの。






「所構わずされる、ってところが敦賀さんらしいというか、流石“敦賀さん”って感じだけど・・・・・・」






その時、私の前をひとつの小さい影が・・・・・・といっても私とそんなに変わらない背格好なんだけど、通り過ぎて行った。
それは言わずもがな女性で、年の頃は20歳くらいかしら?出てるところは出て、引っ込むところは引っ込んでるという私とは正反対のスタイルの良い美人系。
確か今売れてるグラビア出身のタレントか何かだったような・・・・・・。あまり興味がないせいか良く分からないけど。






「う〜ん、やっぱりショックよねぇ・・・・・・」






可愛い顔が台無しってくらいに歪めて、けれど傍目からは見えないように俯いていた。
小走りで去っていった事を考えると、結構本気だったのかもしれない。
まぁ、だからって、いきなりああいう事をするのはどうかと思うけど。






私は、今しがた見てしまった光景に、少し・・・・・・ほんの少しだけ胸の辺りがもやもやするのだけど、これはアレよ!アレ!
人の都合も考えずに自分の欲を通す愚鈍な人間に対する憤り、ないし、突然不意を付くような卑怯な真似をする人間に対する呆れとか、つまりはそういうものであって、他意はない。






(・・・・・・そう。神に誓って他意なんてないわ!常識ある人間としての率直で平均的、一般的な意見だもの!)






「さ、早くこの場から退散しないと・・・・・・!」






私は僅かに後ろ姿が見える先輩俳優を一瞥し、そぉ〜と足音を立てずに一歩を踏み出した。
・・・・・・一歩を踏み出したつもりだった。






「そこでコソコソ隠れて覗き見してたお嬢さん。・・・・・・そろそろ、姿を現して貰おうか?」






ビクンと背に悪寒に近いものが走り、確実にバレていたことを表す声を掛けられ、思わず姿勢をピシッと正した。






「さ、こっち向いてご覧?」
「は・・・・・・はぁいっ!!!」






(きゃぁあああ〜〜〜〜バレてたわぁあああ!!何でっ!?一度もこっちを見てない筈なのにぃぃいいいっ!!!)






「君はアレだな。尾行とかそういった類は全く向いてないね。今後演技で探偵役の依頼でもあったら、さっさと辞退しておくのが賢明だよ」






さり気無く失礼な事をのたま・・・・・・いえ、仰る敦賀さんは、背を向けていても分かる位にキュラキュラとしたオーラを今日も惜しみなく発していた。






(いやぁああ〜〜〜こわぁ〜いぃぃいいいっ!!振り向きたくなぁあああいぃぃぃぃいいいっ!!)






けれどそんな願いなど叶う筈はなく、優しい声色でありながらも何故か氷のようにひんやり冷たい声で呼ばれれば、振り向かないワケにはいかなかった。






「こ、こここ、こんにちは、敦賀さんっ!」
「やぁ。一昨日ぶりだね、最上さん。まさかこんなところで会えるなんて思わなかったよ」






私も貴方にこんなところで会うなんて予想もしてませんでした、とは流石に言えず、私はバッチリ合ってしまった視線を思い切り逸らした。






「さて、それじゃ言い訳を聞こうか?」
「い、言い訳っ!?」
「あぁ、間違えた。正しくは、理由だね。どうして君は俺を尾けた挙句、覗き見、立ち聞きをしたのかな?」
「うっ」






言葉の端々に鋭いナイフが仕掛けてあって、おいそれと触れられないこの状況。
それにしても、そんなにワザとらしく嫌味・・・・・・






「嫌味言わなくてもいいじゃない、とか思ってる?」
「い、いいいい、いえ、そんな滅相もございませんっ!!!」






(ヒィイイイイッ!!相変わらずのエスパーよぉおおお!怖すぎっ!!!)






「ごめん、ごめん。別に苛めたいワケじゃなかったんだけどね。あんまり見られたくない場面だったものだから」
「す、すみません!わ、私っ、別に悪意があったワケじゃなく」
「あぁ、分かってるよ。まぁそういう事もあるよね」






意地悪似非紳士笑顔から、普段の敦賀さんの少し苦笑した笑顔に変わったので、私はほっと胸を撫で下ろした。
あのまま“イビリプレイ”を続行されたら、確実にヘコんでしばらく浮上できなかったと思う。






「特に君にだけは見られたくなかったからね。ちょっと度が過ぎたようだ。ごめんね、最上さん」
「あ、いえ・・・・・・でも、何で私には見られたくないって・・・・・・」
「何でか分かる?」






いや、分からないから聞いたのですが?、と思わず口にしそうになったが、何とかギリギリのところで呑み込んだ。
揚げ足を取るような言い方をして、今さっき消えたばかりのイビリプレイ上等意地悪紳士を再び呼び起こしたくはないので、私は素直に分からないと告げる。
すると敦賀さんは、更に苦く笑いながら小さな声で私に言った。






「・・・・・・だと思った。ホントに君は鈍いよね」
「はぁ・・・・・・よく分からないですが・・・・・・」






敦賀さんは偶にこうしてよく分からない問いかけや謎かけをする。しかも日に日にそういったことが多くなって気さえするから不思議だ。
例えば、共演しているドラマの撮影で帰りが遅くなると、いつも送ってくれるのだが、その時はこう言われた。






“どうして俺が君を送るか分かる?”
“夜遅くに女のコが1人で歩くのは感心しないって言ってましたよね?”






と答えた。ちなみにこれは敦賀さんに耳にタコができるくらいに繰り返された言葉だったりする。
また、社さんに頼まれて夕食を作りに行った時はこう言われた。






“同じラブミー部員である琴南さんではなく、どうしていつも君を指名するか分かる?”
“え?それは私の方がこういうの頼みやすいとか、そういうことですよね?”






と答えると、敦賀さんは余程面白かったのか“君は鈍すぎる”と言いながら笑い出した。
つい最近では、演技指導をお願いして自宅にお邪魔し、何だかんだ白熱して時間を忘れ、結局一晩宿を借りることになった時はこうだった。






“ここが独身男子の1人住まいだってこと覚えてる?それがどういう意味か本当に分かってるの?”
“覚えていない筈はありません!独身男性の部屋に女性一人で行くのは危険ってお話ですよね?だからちゃんと敦賀さんの言いつけ守ってます!”
“うん。それは嬉しいんだけど、俺も独身男性で1人暮らしだって分かってるのかって聞いているんだけど?”
“勿論分かってますよ。敦賀さんが独身で1人暮らしだってことくらい。それがどうかしましたか?”






すると敦賀さんは、一瞬呆気に取られたように表情を固めて苦く笑った。






“それって信頼されているって意味なんだろうけど、つまり俺は君に男として意識はされてないってこと?”
“敦賀さんは男性です!立派な男子です!それくらいちゃんと分かってますし、そう思ってます!”






きっちり宣言したのだけど、敦賀さんは益々苦笑するだけだった。
本当によく分からない。私は何か間違えているのだろうか?それとも何か足りないのだろうか?
いずれにしろ、自分にはよく分からず、何度も聞き返すのだが、それでも私が納得できるような答えが返ってくることはなかった。






「それで?どうして君は黙って立ち去ろうとした?」
「い、いや・・・・・・だ、だって、ああいった場面に出くわして、し、しかも・・・・・・告白だけじゃなくて、ま、まさか・・・・・・」
「あぁ、それも見てたんだ?」
「す、すみませんっ!!」






私は瞬時に見てはならなかった光景を思い出して、その場面を脳内から削除するべく頭を思い切り下げた。
本当に聞くつもりも、それに見るつもりもなかったのだ。
人の・・・・・・敦賀さんと女の人との・・・・・・なんて。






「どう思った?」
「はい?」
「だからそれを見て、彼女の告白を聞いて、君はどう思った?」
「ど、どうって・・・・・・」






何でそんな事を聞くのだろうか?どうもこうも私がどうこう言う事ではない筈だ。
少しだけ視線を戻して見れば、敦賀さんが興味深そうに私を覗いていた。






う・・・・・・、い、今、敦賀さんの顔を見ると・・・・・・思い出しちゃうっ!






聞くつもりはなかった敦賀さんを好きな女性の告白。
見るつもりはなかったあのシーン。






あまりに自分勝手な暴挙に出たあの彼女。それに対しては不快に思っている。
私は相手の事を考えない人間は、どうしても好きになれない。
けれど、同時に胸の奥に靄がかかっている感覚がある。






「さ、さすが敦賀さんだなって・・・・・・」
「何それ?どういう意味?」






ほんの少しだけ敦賀さんの声のトーンが下がったような気がして、背に緊張が走ったけど、敦賀さんの表情には怒りは映っていなかったから、私は言葉を選ぶようにして続きを述べた。






「あ、あんなに熱烈に・・・・・・こ、告白されるなんて、やっぱりそういう事多いんですよね?」
「多いとは思わないけどね。今日のは流石にちょっと驚いたけど」






微妙に敦賀さんの質問から外した答えを口にしながら、私はどうにか早くこの場所から立ち去りたかった。
何となくなのだけど、これ以上何かを聞かれたくはないと思ったのだ。






「や、やっぱり敦賀さんでもああいう事は驚かれるんですね!」
「まぁね。でも、君きっと誤解しているようだから言っておくけど」
「え?」
「触れられてはいないよ。寸前で止めたから」
「え?うそっ!?」






一瞬、その言葉が何を示しているのか分からず、私は大げさに驚いてしまった。そんな私の様子が面白かったのか、敦賀さんはクスリと笑って見せた。
またからかわれるのかと身を強張らせたものの、その気配はなく私はふっと短く息を吐いて緊張を解く。






「嘘じゃないよ。やっぱり誤解してたんだね」
「だ、だって・・・・・・っ、そ、そう見えましたから」






確かに私が見たのは敦賀さんの後ろ姿だったから、確かにちゃんと・・・・・・その・・・・・・アレ、というか、まぁこの目でしっかりと見たわけじゃないから、敦賀さんが違うと言うならそうなんだろうけど・・・・・・でも、そっか・・・・・・それなら・・・・・・。






「・・・・・・それならって・・・・・・え?ちょっと待って!それならってどういう意味よ!私!」






偶に私の思考はとんでもない方へ流れる時がある。それは間違いなく脳内活動が著しく減退し、表情は恐ろしいくらいの阿呆面をする。
最近気がついたのは、それはいつも敦賀さん絡みであって、彼の事を誤った方に考えるときに出る症状なのだ。






「ん?どうかした?最上さん」
「うぇ?あ、あっと・・・・・・えっと・・・・・・特ニ敦賀サンガ気ニナサルヨウナコトデハナイカト思ワレマス・・・・・・」
「そんなあからさまに不審な言い方されると気になるんだけど?」
「イエ・・・・・・デスカラオ気ニナサラズニ・・・・・・」
「いや、気になるだろう。普通に」






自分でもあからさまだとは思うけれども、だからって自分でもよく分からないことを説明できるはずもない。
ついでに説明したくないというか、できることなら考えたくはない。
けれども、それを容易く許してくれるようなヒトではないのが敦賀さんだ。






「言ってごらん?俺が気にする必要がないかどうかは俺が決めるから」
「で、ですからっ」






有無を言わせないにっこり似非紳士スマイルで何故か距離を縮めてくる敦賀さん。
あっという間に壁に追い詰められて、背には壁の冷たい感触と顔の横にはいつの間にか敦賀さんの大きな手。
そしてその圧倒的な身長から見下ろし、心なしか声にドスが効いているような効いていないような・・・・・・。






「大丈夫。どんなことを聞いても怒ったりはしない。だから言ってごらん?」






(ひぃぃいいいっ!!怖いぃぃいい!コワイィィィイイイッ!!!イジメよぉぉおおおお!!)






もうこれ以上は逃げられないのは確定している現実なのに、それでも私はこのまま壁に埋まってもいいから逃げたい、と思いながら後ずさる。
当然距離は開くことはなく、むしろ段々と距離が縮まりつつあるこの状況。
眼前にはキュラキュラが眩しい紳士スマイル。前後には逃げられないが、かと言って左右を利用して逃げたら後が怖い。
どの道、左横は敦賀さんの手があるから動けないことに変わりないけど。






「往生際が悪いね。素直に言った方が楽になれるよ?」
「ら、ららら、楽になれるって何ですか!?どうするつもりですか!!?」
「それを俺に聞くの?そうだね。今、君が予想している通りのことをするよ、とだけ言っておこうか」






(よ、予想通り?ちょっと待ってこの体勢で、敦賀さんがしかねないことって・・・・・・え?うそぉ!?ま、まさか・・・・・・い、いえ・・・・・・嫌がらせの為ならそれくらいはするかも!?そ、そんなの)






「いやぁあああああ〜〜〜!?は、破廉恥ですぅぅうううっ!!!」






思わず絶叫すると、敦賀さんはそれはそれは面白そうに微笑んだ。
サドっ気たっぷりの意味深な笑顔で。






「破廉恥、ねぇ・・・・・・つまり君は破廉恥な事を想像したってワケだ?」
「ふ、ふえっ!?あっ、しまっ・・・・・・!!」






私はここでようやく“嵌められた”ことに気づき、何とか逃げ出そうと敦賀さんの腕がない右側へ身を捻るが、その瞬間トンという軽い音と共に、敦賀さんの右手が壁に添えられた。






(に、逃げ場が、逃げ場がなくなったっ!!?うそぉおおおおおおおおお!?)






「君の破廉恥は幅が広いからね。さて、どれがお望みかな?」
「い、いいいい、い・・・・・・な、ななな、何も望んでなどっ!」






そんな私の訴えも虚しく散ってしまいそうなほど、眩しい笑顔を向けられ、私はいよいよ覚悟の時を迎えた。
こんな風に似非紳士になってしまった敦賀さんから逃れることなどできないことは百も承知。
出来るわけがない。今の私が大学受験するより数段難しい。






「そうそう。大人しく観念するのが得策だ。やはり君は賢いな」






一体何を指して賢いと言っているのかは不明だけれども、私はただこの状態の貴方には逆立ちしようが怨キョを総動員しようが、尽くす手全て返り討ちに・・・・・・それこそ10倍返しにされると分かっているから大人しくしてるだけであって、本当はこんな無茶苦茶かつ無情無慈悲な交渉には従いたくないのよ、って言えたらどれだけ良いか。・・・・・・もちろん絶対に言えやしないけど。そんなことこれまでの経験から嫌という程分かって、いえ、“思い知らされて”いるもの!






「それじゃ大人しく考えていたことを言うか、破廉恥な行為を受けるか、さぁ選んでごらん?」
「なっ!?」






な、なぁんて卑怯なっ!?
それじゃ私に選択肢はあってないようなものじゃない!!非道も甚だしいわっ!!






「選択肢がないって?仕方ないだろう?はじめから選択肢自体与えるつもりはないんだから」
「ま、またヒトの心を勝手に読まないでくださいっ!!しかも何故開き直るんですか!!?」
「だって君は顔に出るからね」






クスっと明らかに私に分かるように笑われ、我慢のバロメーターがぐいぐいと上がり限界に近づいたが、このままだと己の身の安全の保証がされないことに気づき、私は一体どちらが安全なのか・・・・・・いやどちらも安全ではないけれど、どちらの方が幾分若干マシなのかを真剣に考え始めた。






(と、とりあえず“破廉恥”はマズイわっ!相手はあの“夜の帝王”なのよ!今度はどんな卑猥なことをされるか分かったもんじゃない!)






いつかのDARKMOONごっこで起きた出来事を瞬時の思い出した私は、ぶんぶんと首を大きく振った。
あんな目に遭ったら、私は間違いなく我を失うだろう。それこそ見っとも無いくらいにあっさりと。






(じゃ、じゃあ・・・・・・さっき考えていたこと・・・・・・って、だからそれは考えちゃダメなんだってば!!そうよ!絶対に考えちゃダメなの!!何でかよく分からないけどダメなのよぉおおおおお!!!)






「激しく苦悩しているところから察するに、余程のことを考えていたってことだよね?」
「は、はい?」
「清廉潔白、純情天然乙女の君が“破廉恥な行為”と天秤に掛けて、なかなか選べない事なんて・・・・・・一体どんな内容なんだい?」
「うぅっ・・・・・・」






ぐぐっと更に距離が縮まり、もう視界のほとんどが敦賀さんの顔で埋め尽くされた。
吐息すら感じる距離に思わず鼓動が跳ね、私は壁に頭をぶつける勢いで離れようとしたが、眼前の敦賀さんは益々にこやかな笑顔を浮かべて距離をまた少し詰めた。






「ち、ちちちちち、近いっ!近いです!私はまだ選んでません〜〜〜〜〜!!」
「ああ、そうだったな。これは失礼」






すっと20センチほど離れたので一安心したのだが、状況は依然として私に圧倒的に不利に変わりはなく。
このままでは、嫌がらせという名の破廉恥行為をされた上に、おそらく間違いなく私が考えていたことまですっかり吐かせる腹づもりだろう。
いくら抵抗が困難とはいえ、一応交換条件であるのだから、せめて片方は回避したい。
私は脳をフル回転させて、この状況を上手く切り抜ける打開策を考える。
それこそ、心は多少痛むけれど、いっそ捏造したっていい筈だ。私が考えていることであって、口にはしていないのだから、いくら敦賀さんでもそこまで・・・・・・。






「あぁ、そうだ。ちゃんと真実を言ってね。言わなかったら“ただ”じゃ済まないから。まぁ真面目な最上さんの事だから、“先輩”を欺こうなんて不遜な真似する筈はないと信じてるけどね」
「〜〜〜〜っ!!!」






(誰か本当に助けてください!何なんですか!?この人は!!?鋭いという範疇超えてます!!!貴方人間ですか!?本当に人間というカテゴリに属しているんですかっ!!?)






「本当に君は可愛いね。まったく憎らしいくらいに素直で・・・・・・ホントにどうにかしてやりたくなるよ」
「こ、恐いこと言わないでくださいっ!脅迫ですか!?」
「どうして脅迫とかいう言葉が出るかな?俺はただ可愛いと言ってるだけなのに」






ただの可愛いとは聞こえないのはきっと私の気のせいではないだろう。明らかに胡散臭い笑顔を浮かべているし、絶対に間違いなく私の慌てふためいている様を見て愉しんでいる筈なのだ。苛めっコ体質なのは嫌という程よく知ってはいるが、以前に比べて更にパワーアップしているような気さえしてくるから困る。
しかも未だに有効な回避策が立てられない私はとことん追い詰められるのがオチだ。






(で、でも・・・・・・このままじゃ身も心も危険に晒されるだけよ!ど、どうしようっ!?・・・・・・や、やっぱり考えちゃいけないけど・・・・・・でも、でもっ、このまま“夜の帝王”でも光臨されたら、私はもう終わりよぉおおおお〜〜〜〜〜っ!!!)






「そろそろ観念しないと・・・・・・」
「いやぁあああ〜〜〜〜、お、お待ち下さいませぇええええ〜〜〜っ!!!」






(えっと、えぇっと・・・・・・うぅ・・・・・・考えたくないのにっ!考えたくないのよ!大体言えるワケないじゃないっ!!)






「てっきりキスされてるんだと思ってたのに、違ったから“良かった”なんて死んでも言えるワケないじゃないぃいいい〜〜〜〜!!!」






一人パニックに陥って、“絶叫”した後、はたりと今の今まで迫っていた気配の色が薄くなった。
私は恐る恐る視線を上に持ち上げると、そこには瞳をいつもよりも少しだけ見開いて固まっている敦賀さんの顔。






(え?な、なんで固まって・・・・・・?一体この数秒で何が遭ったっていうの?)






突如訪れた静寂に居心地の悪さを覚えた頃、目の前の形の良い唇の端が小さく開いた。






「・・・・・・それ、本当?」
「はい?」






何を指しているのかさっぱり分からず首を傾げると、敦賀さんはそれはそれは嬉しそうな顔をして、もう一度今度はっきりした声で問うた。






「だから、今言ったことは本当?」
「え?今言ったことって……」






(あれ?私何か言ったっけ?敦賀さんに問われるようなこと・・・・・・・・・・・・ん?んんっ?あ、あぁあああ〜〜〜〜〜〜っ!!!し、しまったぁあああっ!!!)






「い、いいい、今のは忘れて、忘れて記憶の彼方へ飛ばしてっ、い、いえ、むしろなかったことにっ!!」
「それは無理な相談だ」
「そ、そそそ、それに他意なんてないんですっ!!!よ、良かったというのは、つまりは、つ、敦賀さんの本意ではないでしょうから、良かったですね、という意味でありましてっ」
「嘘だね」
「う、嘘とおっしゃられても、わ、私がそう言うのですからっ!」
「そんなに面白いくらい動揺しながら言われても説得力に欠けるな」






どんどん足場が削られていっているような気がする。
このままじゃ、いずれ陥落してしまうだろう。それだけは避けないとならない私はそれこそ必死に思考を巡らすが、こういう肝心な時に限って名案というものは浮かばないものだ。






「い、苛めですよぉおお!い、いたいけな後輩を苛めて楽しいですか!?」
「苛めてなんかいないよ。まぁ確かに君は嗜虐心をそそるけど」
「し、嗜虐!?そそ、それを世間一般的には苛めって言うんですっ!」
「苛めてないって言ってるだろう?何?苛められたいの?」
「だ、誰もそんなこと言ってませんっ!!」






天然で苛めるの止めて下さいと言いたかったが、やはり言える筈もなく、私はこのまま話を別方向に流して事を済ませようとしたが、それさえも許してくれないらしい。






「まぁその件はまた後にするとして。話を逸らそうたってそうはいかないよ」
「うぅっ」






(目敏すぎですっ!ちょっとくらい私に逃げ場を与えてくれたっていいじゃないですか!?って言えたらどんなに良いか!)






言える筈もない言葉を心の中だけで大絶叫する私。本当にバカみたいに滑稽で泣けてきそうだ。
考えていることを何もかも見透かされてしまっているせいか、もう心で考えることも投げ出したくなる。






(もう本当にこのヒトを人間のカテゴリにおいておくのは間違いなのよね!分かってはいるんだけど!)






分かっていてもそれができない私が結局は悪いのだろう。敦賀さんという人間を侮れば、痛い目を見るのは自分だ。
それだけは嫌という程分かっているにも関わらず、私はこうして毎度毎度同じような状況に置かれるのだ。






「でも納得かな」
「な、何がですっ!?」






警戒を解くまいと身を護るように己の両手で全身を庇うが、次の瞬間敦賀さんが浮かべた不意打ちの笑顔に全てが無に帰した。






「君がそこまで迷う理由に、だよ」






にっこりと眩しいほど柔らかくて温かい笑顔。所謂“神々スマイル”を超至近距離の真正面から受けた私は、一瞬で金縛りに遭ったかのように動けなくなってしまった。もう少し発動が遅ければ、怨キョ総動員でガードを作れたのだが、見えるのはシャラシャラと煌きながら浄化され消えていく分身の姿ばかり。






(ま、また浄化されたわ〜〜〜〜っ!!!これで通算何体・・・・・・いえ、何十体目っ!?)






神の寵児の前では私の怨念も通用しないことは分かっていたけれど、こうもあっさりと浄化されては敵わない。
このままでは本体である私が危険だと判断し、減らされながらもまだ温存していた怨キョのガードを張ろうした。
例えまた浄化されて数が減ったとしても、私がやられるよりはマシだと思ったのだが、それも寸分遅かった。






「まさか君がそんな風に思ってくれるとは思わなかった」






すっと伸びた綺麗な手が私の頬に触れ、意識がそこに集中してしまった。
ふわりと香る慣れた敦賀さんの香りと、温かい指先の感触に思わずほわっとした気分に陥る。
このおだやかな波にたゆたうようなそんな柔らかい感覚が心地良くてつい意識が曖昧になる。
嫌だとかいう嫌悪感はなく、むしろあまりの気持ち良さにこのままでいたくなるから不思議だ。






(あ・・・・・・これって・・・・・・敦賀セラピー?)






抱き締められなくても、その香りと温もりだけでもこんなに安心するんだ、と私はどこか遠くなっていく意識の中で感じた。
それからしばらくして、ゆっくりその香りと温もりが離れて、私はやっと覚醒した。






(あわわぁああああ〜〜〜〜、ま、また呆然としちゃ・・・・・・っていうか絶対阿呆面してたっ、ほ、本人の前でっ、さ、最悪〜〜〜〜〜っ!!)






心の中で敦賀セラピーの後遺症を大いに嘆いていると、敦賀さんは至極残念そうな顔をしながら小さく息を吐いた。






「名残惜しいんだけど、時間オーバーだね」
「え?」
「これから仕事で移動なんだ」
「そう・・・・・・ですか」






もう行ってしまうのかと頭の片隅で考えながら、少しだけ敦賀さんを見上げると、彼はまたしても神々スマイルを浮かべていた。
その笑顔に今度は心臓が飛び出るくらいに跳ね、私は思わず仰け反った。






(い、いきなりは犯罪よっ!!どうしていつもこう突発的なの!?というか本日二回目!?)






「それじゃ、俺はもう行くよ」
「あ、は、はい!あの・・・・・・頑張ってください」
「あぁ。ありがとう」






すっと離れていく姿を視界に納めながら私は何故か五月蝿い心臓を押えた。






(ほ、本当に心臓に悪いヒトだわっ)






数歩進んだところで敦賀さんは突然立ち止まり、そのままくるりと振り返った。






「言い忘れるところだった」
「え?何ですか?」






驚いて問う私に、にっこりと微笑んだ敦賀さんは、事もあろうにとんでもない事を口にした。






「君が嫌な思いをしないように、仕事以外では誰にも触れさせないようにするよ」
「は?」






それを聞き返してはならないと分かっていたのに、反射的に聞き返した自分に激しく後悔するが、それも既に時は遅し。
敦賀さんは、長い人差し指で自分の唇に軽く触れて離した。






「こういうこと。お分かりですか?」
「んなっ!!?なんて、破廉恥な〜〜〜〜〜〜〜っ!!」






自分が口にしたことではあったけど、そんな風にとられていたことが恥ずかしくて絶叫すると、敦賀さんは止めとばかりにまたにっこりと微笑む。






「そんな破廉恥なこと望んだのは君だろう?」
「ち、ちが・・・・・・私はっ!!!」
「心配しなくても、君以外には触れさせないよ」
「へ・・・・・・?」






再び歩き出した敦賀さんは、少しだけ私の方を振り返ったまま読めない笑顔で“それならいいだろう?”と言って立ち去っていった。
思わぬ台詞に絶句し、思考を停止させた私がその言葉の意味を理解した瞬間叫んだのは、今更言うまでもないこと。



































Fin







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【あとがき】


[賽は投げられた]


蓮さんお誕生日おめでとう短編でございます。
キョーコちゃん視点なのは愛嬌ということでvv

しかも完全にノリと勢いで書いたコメディv
長編ではやたらシリアスだったり、真面目だったりするので、
たまにこうはっちゃけたくなるんです(笑)
最近はキョーコちゃん視点も好きで、[恋愛偏差値]もそうですが、
書いてて結構楽しいんですよね。
彼女の病的曲解思考が(爆)

えっとタイトルに特に意味はないです(汗)
一応火蓋は切って落とされたという感じにしておいてください(意味分からんな・笑)








作成 2008/11/12(水) 12:00:48
更新 2009/02/10(火) 22:53:37
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