着信履歴

「あ…」




雑誌のインタビュー取材の為に、すっかり放置されていた携帯電話。





予定よりも一時間も過ぎて、ようやく終わったインタビューに大きな息を吐きながら、事務所の一室のソファに腰掛けた。
本当ならこのまま帰ってもよかったのだけど…とキョーコは思いながら、手に取ったのが携帯電話だった。




今日は朝から仕事だったので、今まで一度も着信履歴もメールもチェックしていなかった。
折りたたみの携帯を開いて、最初に目に飛び込んだのが




「着信あり」




キョーコは慌てて、携帯を持ち直し履歴を見る。




「非通知設定」




黒い画面にくっきりと浮かぶその文字を見て、キョーコはその瞳を大きくした。

非通知設定で連絡をくれるのは、キョーコはたった一人しか知らなかった。





着信待ち時間は三十秒。
キョーコの携帯は、三十秒を超えると自然に留守番電話に切り替わる。
その切り替わる時間まで、待っていてくれたのだ。彼は。




「えっと…」




まだまだ新人のキョーコとは違い、彼は業界でもトップクラスの俳優。
毎日がとても忙しい人だ。分刻み、いや…秒刻みでスケジュールが組まれている彼。
その貴重な時間を自分の為に削ってくれたことに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになると同時にどこかくすぐったいような、何ともいえない気持ちが込み上げる。




“もう、恋なんかしない”




そう決めたキョーコにとって、その気持ちが何なのかを確かめることはできなかった。





もう二度と恋はしない。





恋をして傷つきたくはない。誰かのためだけに生きていた頃に、もう戻りたくはない・・・そう思う気持ちで精一杯だった。





これからでも遅くはない。
これから“最上キョーコ”を作っていくのだ。
そのためには…必要がなかった。

必要がないと…そうずっと信じていた。




キョーコの手が携帯電話のボタンを押す。
数少ないアドレス帳の中から、目的の番号を見つけだした。




コールが数回。雑音が入ったような音の中から、少し低い、でも優しい響きが流れてきた。




『最上さん?』


「敦賀さん。あの・・・」




蓮の声を聞いた瞬間、キョーコはふっと緊張と疲れで固まっていた気持ちが和らぐのを感じた。
キョーコはこの瞬間がとても好きだった。




『お疲れさま。』



「え…?」




まだ何も告げていないというのに、キョーコの耳に届いたのは、キョーコを労わる優しい言葉だった。




『今日は雑誌のインタビューだったでしょ?はじめてだよね?最上さん。』



「は…はい。で、でも…何で知って…?」




雑誌のインタビューを受けることになったことは、主任くらいしかいない。
それなのに何故、敦賀さんが知っているんだろう?
そんな思いが頭をめぐった。




『君のことなら…』



「・・・っ?!」




言葉がつい詰まってしまうキョーコ。
無理もない。優しいトーンでそんな事を言われたら、いくらキョーコでも動揺せずにはいられない。




『…なんてね。社さんから聞いたんだよ。』



「社さんから?そうですか。」




そういうことかとキョーコは納得がいったようにうなずく。
蓮のマネージャーである社さんなら知っていても何ら不思議ではない。
過去にも何度か同じようなことがあったので、キョーコはそれ以上、疑問は持たなかった。




『今どこにいるんだい?』



「LMEの事務所です。」


『まだ帰らないの?』



「え…、いや、そろそろ帰ろうかと…」


『そう。わかった。』




何が“わかった”のだか、皆目検討がつかないキョーコ。




「あ…あの敦賀さん?」



『ごめんね。ちょっと待っててくれる。』


「は…はい。」




一体何だったのかを聞こうとしたのも束の間、蓮は謝罪の言葉ひとつ残すと、携帯を切った。
ツーツーという通話が途切れた音をしばらく呆然と聞いていたキョーコだが、意識を急に取り戻したように顔をあげた。




「いけないっ!私ったら!一体何を呆然としていたの?!」




蓮との通話の間、終始和やかだったキョーコの表情は、驚愕に歪み、ギャグ調に改変されてしまった。
例えるなら、かの有名な名画“叫び”の図。
ムンクの叫びと言った方がより面白みがあるので、その名称であえて例えることにする。




とてもヒロインとは思えない所業…いや、年頃の少女とは思えない言動は、彼女の奇特さを実に明確に物語っている。

一人漫才化しているキョーコは、自分でも何を口走っているのか全くわからない状態で、醜態を晒し続けていた。





しばらくすると、事務所の廊下から靴音が聞こえてきた。
革靴独特の響きは、どうやらこちらに向かっているようだった。




「もしかして、椹さんかな?」




明日のスケジュールのことで、椹に確認しておきたいことがあったと思い出し、キョーコは慌ててバックから、お気に入りのファンシーな手帳を取り出した。
パラパラとめくり、明日の予定の書き込みを見つけ出す。




足音は更に近づき、キョーコがいる部屋のドアの前で止まった。
手帳を見ているキョーコの真後ろのドアがガチャリと鳴った。





咄嗟に振り向いたキョーコの瞳に映ったのは、創造していたその人とは全く違う人。




「つ…敦賀さん?!」



「最上さん…何をそんなに驚いているの?」




190ある長身と、少し濡れたような黒髪と黒い瞳、纏う空気は妖艶さと華やかさで溢れている。
まさに芸能人というオーラを纏っている。




「驚きますよ!?なんで敦賀さんがこんな所に!?」



「ひどいなあ。俺だってここの所属だよ?何かおかしい?」




最もだった。
敦賀蓮はLMEきってのスターであり、業界No,1俳優だ。
所属している事務所にやってきても、何らおかしくなどない。




「…そ、そうでした。すいません…ちょっとびっくりして…」



「そう?それならいいけど…」




そう言いながらも、蓮の視線はキョーコから離れない。
獲物を捕らえたサディスティックのような視線だ。キョーコは本能的に危険を感じた。




「それにしても敦賀さん。お一人ですか?社さんは?」



「社さんならもう帰宅したよ。今日は仕事が早く終わったんだ。」




話題を変えて乗り切ろうとしたキョーコだったが、それも蓮の即答の前に崩れた。
緊張に身を強張らせるキョーコを見ていると、蓮はどうしてもそれを突きたくなるらしい。
生来のサディストと言えるかもしれない。





もちろん、蓮本人にそんな自覚はなく、普段はあくまで“敦賀蓮は紳士”という仮面を貫く姿勢だ。




蓮の本名は“久遠”。





あの伝説的名俳優である“保津周平”こと、現在は日本が誇るハリウッドスターのクー・ヒズリの実の息子である。
キョーコには昔、“コーン”と呼ばれていたが、それについては本名と共にまだ秘密である。




敦賀蓮は紳士なので、いたいけな女の子をからかうなど言語同断。
だが、それもキョーコの前では、本来の姿に近い言動を見せる。

うっかり見せてしまった本性の自分に蓮は、自分自身に驚いたことがあった。





件の“夜の帝王”事件だ。





蓮にとって“テンパった”という初体験。全くの無意識のうちに己がしたことは、キョーコ曰く“夜の帝王”だった。




「ちょっと待ってて…って俺、言わなかったっけ?」



「へ?」




蓮は携帯を耳に当てているしぐさをする。
それはつまり、電話でそう言ったよね?…という意味だ。
頭の記憶テープを一気に巻き戻す。




言った。





確かにそう言った。




それを確かめると、キョーコは再起動したパソコンのように急始動をはじめた。




「あ!…は、はい!」



「思い出してくれたならよかった。」





蓮はその綺麗な顔で、優しく微笑む。





神々スマイルだ。





キョーコは、この神々スマイルに弱い。何の裏もない、悪意もない純粋な笑顔。
怨キョこと怨霊キョーコは、次々に滅びていくのだが…




肩から力が抜けるのが分かる。
先ほど、電話していたときのような感覚。
ほっとするという安堵感が生まれていた。





「君に会いたくてね。だから携帯に連絡したんだ。」




「…」




「……」




「……はい?」




一体何を言われたのか、一瞬で再びフリーズした脳回路。
キョーコはただ、間の抜けた声をあげるしかできなかった。




「この間、夕食を作りに来てくれたでしょ?だから、何かお礼がしたくてね…」


「夕食…」




今一度、記憶テープを巻き戻してみる。





あれは先週のことだった。

学校帰りに社さんから携帯に電話があった。
酷く慌てた様子で、何か急いでいるようだった。





話をまとめると、

社は急な用事で、今日は帰らなくてはならなかった。
だが、蓮はまだ仕事途中。誰か代マネをしてくれる人はいないかと、事務所を当たったのだが、全滅。
そして思い出したのがラブミー部。つまるところキョーコと奏江。





それに選ばれたのがキョーコだった。




キョーコが選ばれるのは、まあ、事情を知っているものなら至極当然のこと。
椹など大多数の人なら、キョーコが前に蓮の代マネをやったことがあったから、今回もご指名なのだろうと思う。





しかし、もっと近しい人間だと違う。社さんや社長であるローリィなら、これを“ニタァ”と嫌な笑いを浮かべながらキョーコを指名し、その後の蓮で遊ぶネタを考えるだろう。
事情を知っている人間と知らない人間では、こうまで違う。






しかし、当のキョーコといえば、その前者にあたる。
はっきり言って鈍い。鈍すぎるくらい鈍い。
色恋系は壊死?しているので、鈍いのも仕方がないと言えば仕方がない。





…なので疑問に思わない。




代マネと言っても、結局キョーコもその日に仕事があったから、蓮に会ったのは夜だった。
夕食を作るくらいしかできなかった。

蓮に夕食を作るという行為は、何も昨日今日にはじまったことではない。
思い返せば、相当な回数をこなしていた。





なので、キョーコも『今日はどんな料理を作ってみようか♪』など、結構楽しんでいる節もある。

蓮は元々少食だが、何でも食べてくれる。
後片付けも手伝ってくれるし、一緒に他愛のないおしゃべりもする。
キョーコにとって、それはちょっとした楽しみになっていた。




「それって…この間の事ですよね?…お礼なんて、そんな。」




かなり遠慮がちに言葉を濁すキョーコ。それはいつものこと。だから、蓮もいつものように返した。




「俺がお礼をしたいんだ。人の好意は…」




「「素直に受け取ること。」」




言葉の続きが見事にハモる二人。
予想外の展開に、顔を見合わせると、一斉に吹き出した。




「わかっているならよろしい。」




控えめに笑いながら、蓮は優しい笑顔を浮かべた。
そんな笑顔を向けられたキョーコも自然に顔を綻んだ。




「それじゃ、行こうか?」




蓮はキョーコにその大きな手を差し出した。例えるなら“お手をどうぞ、お嬢さん”といったところだろうか。
そんな、優しい笑顔を受けてキョーコも自然に蓮の手をとった。




「?…どこへです?」




軽く握られた手は温かい。





蓮はキョーコの手を取ったまま、事務所を出て、自分の車へと誘導する。




「俺の家だよ。」



「えっ?!なっ、なんでっ??」




予想と違わないキョーコの反応を楽しみながら、蓮はにっこりと微笑む。




「今日は、俺が作ろうと思って。」


「作るって…?」


「もちろん夕飯を…だよ?」




天下の敦賀蓮がいそいそと夕食を作る姿を、瞬時に想像してしまったキョーコは、驚愕のあまり車内で奇声をあげる。




「えぇっーーーーーーーーーーーーー!?」


「そんなに驚かなくても…」




これが驚かずにいられますか!…と言わんばかりの表情をしているキョーコを尻目に、蓮はアクセルを踏み込む。
車は夜の街へと出て、あっという間に見えなくなってしまった。






一時間後、蓮の自宅のキッチンには、仲良く夕食を作る二人の姿があったとさ。


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【あとがき】


スキビ初小説になります。



別ジャンルで小説はしょっちゅう書いているのですが、
時代設定があるので、こうして現代にあるものや現代の音、
現代の言葉が使えるのが、とても楽しいです!
…別ジャンルの方は、戦国時代だし
いや、戦国もかなり好きだけどv



しかし、初小説で蓮キョvようやく野望果たせたり!
スキビジャンルでも長編を予定しています。
短編も題材は決めているし…



でも、本館(BEADS×BEADS)がおろそかになるのはマズイ
調整しなくちゃ!



思い切ってはじめてよかった!スキビ!
本館とは、まったく毛色が違うけど(笑)

さて、次は何にしようかな?



作成 2007/10/30
更新 2007/11/17

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