【ひらり、ひらりと】










〜 Scene.12 風にさらわれた決意 〜




















「おい。そんなに引っ張るなよ、ポチリ!」









美森は尚のそんな抗議の声も聞こえていないかのように、ズルズルと自分よりも頭ふたつは大きいだろう男の腕をしっかりと抱え込んでズンズンと前を歩いていた。
先程まで一緒だった祥子と麻生の姿はない。
正確には、尚と二人でいたいだろう美森の為に気をきかせて別行動を取っているのだ。
だが、その“気をきかせた行為”も腕を引っ張られている男には関係がないのか、その口から零れるのは抗議の声ばかりだった。









「なあ!いい加減に離してくれよ!どうしたんだよ、ポチリ!?」









元々体躯が違うので、尚はあっさりと立ち止まる。
いくら引っ張っても動かない腕に美森も諦めがついたのだろうか、ピタリとその動きを止めたところで、尚は大きく溜息を吐いた。

「どうしたポチリ?」









ピクっと肩が跳ね、弾かれたように尚に向かって振り向く美森の顔を見た尚は、ピキンと音を立てたように固まり、次にくるだろう衝撃に備えてぐっと唇を噛んだ。









「もう!ポチリポチリって言わないでっ!!!」
「はぁ!?」









出会ってこの方、ずっと愛称で呼んでいた相手が反旗を翻したかのように攻め立てたので、さすがの尚も呆気に取られたらしく、間の抜けたような声をあげた。









「“ポチリ”って呼び方気に入ってるんじゃねえのか?急にどうしたんだよ?」
「気には入ってるわ。けれど………こんな時くらい名前で呼んでくれてもいいじゃない」









尻すぼみに小さくなっていく美森の声を何とか聞き届けた尚は、更に深い溜息を吐きながら金に近い茶色の髪をガシガシと掻く。
要は“なんだよ、そんなことか”ということだ。









「わかったよ……それで?どうしたんだ美森?」









尚がようやく名前を呼んでくれた為だろう、美森の表情は先程よりも若干明るくなった。
その様子に一先ず安堵の溜息を吐いた尚は、これ以上美森の機嫌を損ねないようにと彼女の顔をぐっと覗きこんだ。









「あのね………今夜くらいは美森のこと考えて欲しいの………」









ぼそぼそと囁くような声だったが、その言葉は尚に確実に届いたようで、彼は驚いたように目を見開いた。









「あ……嫌だったら、その無理は言わないけど………」
「あー……別に嫌なワケじゃねえけど」









尚は美森から顔を逸らしながら大きく息を吐き、辺りをキョロキョロと見回す。
この状況はあまり良くないと判断した尚は、付いてきている筈の自分のマネージャーと敏腕プロデューサーの姿を探したのだ。
だが、祥子と麻生が美森の為に口裏を合わせてわざと別行動を取っているなど、予想もしていなかった尚に二人を見つけることはできなかった。









美森の願いに曖昧な返事しながら、尚は祥子と麻生を探さなくては、と美森の手を取って歩き出した。
手を握られた美森は、尚が自分の願いを聞き届けてくれたのだと単純に喜んでいるようで、うっとりと繋がれている手を見つめながら、歩調を尚に合わせて彼の手に引かれるままついて歩く。









リーチが違う美森には少々辛い歩調は、突然前触れもなくピタっと止まった。
少し身を乗り出し気味でやっと合わせていた歩調が止まり、その勢いがついたまま美森は尚の背中に顔を思い切りぶつけてしまったようだ。









「痛っ………尚…ちゃん……?」









突然立ち止まった尚をついっと見上げると、そこには明らかに険しい色を宿した顔があり、その厳しい表情に美森はぐっと押し黙るように唇を噛んだ。
尚の視線は遥か前方に向けられており、何度呼びかけてもピクリとも動かない。
怒りを含んでいるような、それでいてどこか悲しげにも見える尚の表情に美森の心はツキンと痛んだ。
尚の意識が既に自分にはなく、この視線の先にあるものに全て向けているのだろうと無意識に悟った美森は、尚の視線を追うことに一瞬躊躇ったのだろう、頭を何度か振り、唇を強く結んで彼の視線の先を見つめた。









「………やっぱり…」









美森の声はあまりに小さかったが、それでもその言葉に篭められている意味は深いことは、彼女の表情から伺い知ることができる。
だが、そんな美森の表情に尚が気づくことはなかった。
いや、今の尚にはきっと隣の美森の存在さえ忘れてしまっているのかもしれない。

尚が自分を見てくれないことも、呼びかけに答えることもないのも分かっている、と美森はやるせなさを呑み込んで、尚が見つめる方向にもう一度見る。










そこには尚が“関係ない”と言いながらもずっと気にしている“彼女”の姿。
そして“彼女”の傍らには、尚が毛嫌いしている“彼”の姿があった。









かなり距離があるため、二人がどんな会話をしているのかは全く分からないのだが、それでも二人の笑い合っている楽しげな様子だけは分かる。
“彼”が“彼女”の仕事を代わり、見るからに重たそうな樽を抱えて横並びで歩いていた。









何かを言い合っているようなのだが、それは争いと言えるほどでもなく、当人同士はどうだか分からないが、第三者が見る限り“楽しそう”である。
そんな様子をじっと見つめながらも隣の尚が気になるのだろう、美森は落ち着かないようだ。









「……行くぞ、美森」
「え?」









突然、美森の手を掴んで引き摺るように歩き出した尚にさすがに驚いたのか、美森は目をパチクリさせて、手を引かれるままに覚束ない足を動かした。









「ね、ちょっと尚ちゃん?突然どうしたの?」
「別に。いいから来い」









言葉少ない尚の表情は無に近く、どこか重苦しい。
それを敏感に感じ取った美森は、思わず言ってはならないことを口にしてしまった。









「尚ちゃん!いいの!?最上さん……っ……!!」









咄嗟に空いていた手で口を押さえるが、うっかり音にした言葉はきっちり尚に届いたらしく、彼はピタっと足を止めた。









「尚ちゃん、ごめ……」
「………今は……いいんだ」









美森の謝罪を遮るように尚の呟きが響いた。
それはどこか悲しげであるにも関わらず、何か強い意志を感じるものだった。









「尚ちゃん……」
「辛気くせえ顔してんじゃねえって!らしくねえぞ?祥子さんとミルキちゃん探して、酒でも呑んでぱーっとしようぜ!!」









美森の頭をポンポンと叩きながら尚は努めて明るい笑顔を見せた。
頭を撫でられた美森は、ぽっと頬を紅く染めて、コクリと頷く。
そして尚は美森の小さな手を引いて、今度は彼女が追いつけるだけのスピードで歩き出した。
美森も尚の笑顔に答えるように、にっこりと微笑みそしてより一層強く繋がれた手を握った。









「でも尚ちゃん!お酒はだめよぉ〜〜〜!スキャンダルになっちゃう!」
「堅いこと言うなよ〜〜!花見なんだぜ!?無礼講だろう!」









尚と美森はこの会場のどこかにいるだろう祥子と麻生を探しに、人混みの中へと消えていった。

人ごみに紛れる前に、尚は一度だけ先程見つめていた方向に視線を向けていた。










そして美森にも聞こえない程度の声でこう呟いたのだった。









「今だけだ。必ず取り戻してみせるからな」









強い決意の声は、優しい夜風に浚われて空へと溶けていった。















































NEXT→Scene.13 サイコメトラー



















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【あとがき】




尚×美森の小話ですたvv
ってか季節はすっかり夏やねんv
季節外れですが、気にせんでください
次は現在UP中ですが、魔界人ですvv


では、次回もどうぞお楽しみにw






作成 2008/04/22
更新 2008/06/26



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