『信じられないっ!もう嫌い、嫌い、大嫌いっ!!!』
『嘘ばかり。…嫌いじゃないだろう?』




























【嫌い、嫌い、大嫌い】




























一頻り叫んだ後、キョーコは乱れる呼吸を整えるが如く、大きく息を吐く。
キョーコの目の前に仁王立ちしている蓮は、腕を組んで剣呑な瞳を向け、小さな溜息を一つだけ吐いた。









広いリビングで繰り広げられる言い争い。
防音設備完備のマンションでなければ、ご近所を気にして普通はこんなことはできないだろう。









少女は烈火の如く怒り、男に向かって何度も“嫌い”を投げつける。
対する男の方はというと、こちらは“そんな言葉は痛くも痒くもない”といった風情で軽く聞き流し、且つ少女の怒りを仰ぐような言動をわざと繰り返しているのだ。









対峙する鋭い双眸
息を呑むような迫力で少女は捲くし立て
息が止まりそうな静寂で男は少女を攻める









どちらも一歩たりとも譲らない緊迫した雰囲気
張り詰められた糸がギリギリのところで留まっている空気
緊張が互いの背を走る









先に口を開いたのは、やはり怒りの色を隠そうともせずに映している少女の方だった。









『いつもいつも身勝手なことばかり言わないでよっ!!!』
『身勝手とは心外だね。俺はお前を心配しているだけだよ…………?』

『心配されるのは嬉しいけど、ここまでくると異常よっ!!』
『全く。誰に向かってそんな罵声を浴びせている?…頭が痛くなってきたよ』
『頭が痛いのは私の方よっ!!!』









少女はぐっと唇を噛み締め、拳を強く握った。









『だいたい…いっ……つ…も…』









言葉に詰まり、少女は喉を押さえた。









「ストップ。ちょっと休憩しよう」









声が掠れても尚、言葉を続けようとするキョーコを制止するように、蓮は手をあげる。
先程までの剣呑の瞳は失せ、常の優しい声に戻る。
それをきっかけに、辺りの張り詰めた空気が一気に弾けた。









「はい…すみません、敦賀さん。突然声が詰まっちゃって…」
「一時間はぶっ通しで演ってたからね。最上さんはずっと叫んでいたんだから仕方ないよ」

「私から台本の読み合わせをお願いしておいて…」
「気にしない、気にしない。ほらコレでも飲んで少し休もう?」









蓮は白いマグカップに温かな紅茶とミルクを注ぎ、キョーコに手渡した。
そしてストレートの紅茶を片手に、リビングの大きなソファに身を沈めた。
蓮に促されたキョーコも、すぐ隣に腰掛ける。









「喉…痛くない?」
「ええ、大丈夫です。飲んだら楽になりました!」









喉に負担にならないようにと、適温に調整された紅茶を一口ずつ飲みながら、キョーコは明るい笑みを浮かべた。
細かいことにも配慮を忘れない蓮の優しさが嬉しかったキョーコの笑顔は、この紅茶と同じくらいに優しい。









「練習の成果は出てきてるね。演じれば演じるほど良くなってきてるよ」
「本当ですか!?」
「うん」









台本をパラパラと捲りながら、蓮は頷いた。
尊敬している先輩俳優に褒められたキョーコは、それが嬉しくて嬉しくてたまらないらしく、飛び跳ねんばかりに喜んだ。









「それにしても……」
「え?…なんですか?」









ボツリと呟いた蓮の言葉に首を傾げるキョーコ。
そんなキョーコの顔を蓮はじっと見つめ、そして手元の台本に視線を落とす。









「どうしたんです?何か気になることでも?」
「いや、そういうワケじゃないんだけど」

「じゃ、どういうワケなんです?」
「………」









ぐっと黙り込んでしまった蓮を心配したキョーコは、更に顔を近づけてその瞳を覗き込んだ。
じっと見つめられ、いい加減耐えられなくなった蓮は、諦めたように息をついた。









「……演技とは言え、こう何度も『嫌い』を連呼されると流石にキツイな……と思って」
「………」









何とか言葉にしたにも関わらず、キョーコに反応はない。
言ってしまった手前、何かしらの反応が欲しい蓮は、台本に向けていた視線をそろりと上げてみた。
キョーコはじっと蓮を見たまま固まっていたのだが、蓮の瞳が自分に向けられると弾かれたように、瞳を大きく見開いた。









「あの……その、すみません」
「いや、演技なんだから謝る必要なんてないよ。俺こそごめん。変なコト言って」









やっぱり言うべきじゃなかった、と蓮は己の言葉に後悔した。
いきなりこんな事を言われれば、キョーコが困ってしまうのは火を見るよりも明らかだと分かっていたのに。









「ごめん。今言った事は忘れてくれていいから」
「あ……いえ……ごめんなさい。私、びっくりしちゃって……」









やはり困らせてしまったな、と蓮は申し訳ない気持ちでいっぱいになったのだが、
次のキョーコの言葉によって、それは容易く壊された。









「まさか、敦賀さんも同じように思っていたなんて思わなかったから」
「え?」









思わず聞き返してしまう蓮。
キョーコは恐る恐る蓮の瞳を見つめた。









「あ、その…。私も『嫌い』を連呼していて、心苦しかった…というか。
嫌いじゃない人にそれを言うのが辛かったんです」
「…………………」
「嫌いって重い言葉じゃないですか?嫌いじゃない人に言うのは演技でもキツイなって思ってて……」









私だけかと思ってたんで、ちょっとホッとしました…と言いながら、キョーコは自分の前髪を指でくるくると弄り出す。









「でも、この妹………亜紀は、敦賀さんの役である兄の真紀が嫌いで“嫌い”と言っているわけじゃなくて………えっと…」









キョーコは言葉に詰まり、首を捻りながら云々と唸り出す。
蓮は相変わらずキョーコを凝視したまま一言も発さない。









「大好きな兄だからこそ言えるというか……そう!愛情の裏返しなんじゃないかな?って思って!」









そうだ、それが言いたかったんだ、とばかりに喜ぶキョーコの顔は、ようやく見つけた答えに納得したように微笑んでいる。









「だから、最初は敦賀さんに向かって言うのが、心苦しくて仕方なかったんですけど…
 亜紀の気持ちがやっと分かったから言えるようになったんです。
 好きって気持ちが前提がなくちゃ、面と向かって言えなくないですか?」
「え?あぁ………そ……だね」









突然同意を求められて、はっと我に返る蓮。
その顔は混乱に揺れていたのだが、キョーコはそれに気がつかないまま、蓮から同意を得られたことを喜んでいた。









「本当に嫌いな相手なら顔も見たくないですもんね。面と向かう以前に顔も合わせたくないし。
 だからって、何とも思ってない人を相手に、愛情のある嫌いなんて私には言えないですし…
 それじゃ亜紀の兄に対する“嫌い”とは違うものになっちゃいますから」









髪を弄っていた指を止めると、キョーコは蓮の顔を見上げた。









「この兄が、敦賀さんじゃなくて、他の人が相手だったら…
 私はきっと悪意だけの嫌いしか言えませんでした」









私は社長お墨付きの“愛の欠落者”ですからね。
知らない人なんて、好意は持てませんよ。
とキョーコは少し寂しそうに笑ってみせる。









「え……と…」

「あの…その……話がズレちゃってすみません。何となくでも伝わりましたか?」
「あ……うん」









キョーコはもう一度、確かめるように蓮に問う。









「決して敦賀さんが嫌いなワケではないので、誤解しないでくださいね?」
「あ、ああ。うん」









蓮は混乱に堕ちた思考をなんとか動かそうとするが、うまく頭が回らなかった。
キョーコの言葉を解釈すると、何ともいい難い答えが出るからだ。
それは、蓮にとって嬉しいものだ。

キョーコに想いを寄せる彼からすれば。









キョーコの言葉に他意があるかどうかは分からなかった。
だが、キョーコが嘘を言うような子じゃないことは、よく分かっていた。
よく分かっているからこそ、混乱するのだ。









「それじゃ、またお願いします」









ペコリと頭を下げ、蓮の腕をとって立ち上がるキョーコ。
どうしても自分の都合の良いように考えてしまいそうになる蓮は、顔を見られないように少し逸らす。

元の立ち位置に戻ったキョーコは、台本を何度も確認していた。









「参ったな………撮影の時は、今の言葉は忘れないと………」









こんな表情じゃ、ドラマにならないから。









「それじゃ、はじめようか?亜紀」
「はい!お兄ちゃん!」









蓮は兄・真紀役
京子は妹・亜紀役









“愛する妹よ”









クランクインまであと三日





















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【あとがき】




第二弾SS
タイトルがコレなので、誤解されるかと思いましたが、こんなオチです(笑)


こんなほのぼの〜っとしたお話が、個人的には好きだったりします。
でも、コレじゃ“ぬるい”でしょうね(笑)
兄妹設定のドラマとか見てみたいなぁ……







作成 2007/12/06
更新 2008/01/14



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